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第34話:オーディション

 スタジオの空気は、乾いていた。


 白い壁。

 簡素な椅子。

 番号札を胸につけた志望者たちが、静かに順番を待っている。


 ドラマのオーディション。

 役柄は未公開。

 求められているのは「自然な存在感」だけ。


 柊 翔は、列の端に立っていた。


 心拍は落ち着いている。

 緊張はない。


 ――緊張する理由が、もう違う。


 ◇


「次の方、どうぞ」


 名前を呼ばれ、前に出る。


 演技課題は短い。

 台本も簡単だ。


 だが翔は、台詞よりも

 **“ここで何が見られているか”**を先に読む。


 感情を出しすぎない。

 説明しすぎない。

 何もしていないように見せる。


 それが一番、目に残る。


「……以上です」


 軽く頭を下げ、下がろうとした瞬間。


「少し、いいですか」


 声が飛んだ。


 審査員の一人ではない。

 同じ志望者の中からだ。


 女子高生だった。


 制服ではないが、

 年齢は一目で分かる。


「あなた、

 普段は何もしてない人の役、

 得意ですよね」


 場の空気が、わずかに揺れる。


 翔は、表情を崩さない。


「そう見えましたか」


「はい」


 女子高生は、少しだけ首を傾げた。


「でも、

 何もしてない“つもり”の人じゃない」


 その言い方に、

 翔の内側が、微かに反応した。


 ――近い。


 翔は、軽く笑って返す。


「親がカウンセラーなんですか?」


 冗談めかして。


「こういう場の心理、

 分かりそうだなって」


 一瞬。


 ほんの一瞬だけ、

 女子高生の視線が、翔の顔から外れた。


 そして、戻る。


「……違います」


 答えは短い。


「でも、

 人を見るのは得意です」


 翔の喉が、わずかに鳴った。


 自分でも分かる。

 今の間は、余計だった。


 焦りが、

 ほんの一滴だけ、表に出た。


 それで十分だった。


 女子高生は、確信したように言う。


「あなた、

 何もしてないんじゃない」


 一歩、距離を詰める。


「何かを、ずっと抑えてる」


 翔は、言葉を返さない。


 返せない。


「強い目的意識がある」


 続ける声は、穏やかだ。


「しかもそれ、

 ここに来た理由とは

 直接関係ない」


 審査員が、興味深そうにこちらを見る。


 翔は、ようやく口を開いた。


「……それ、

 演技の話ですか」


「演技の話です」


 即答。


「だから、

 あなたの演技は目立つ」


 一拍。


「“何も考えていない役”をやる時、

 一番、情報量が多いから」


 その言葉で、

 翔は完全に理解した。


 ――見抜かれたのは、能力じゃない。

 ――反応だ。


 自分が放った、

 ほんの軽口。

 ほんの一瞬の揺れ。


 それだけで、

 信憑性を与えてしまった。


 女子高生は、最後にこう言った。


「安心してください」


 少し、声を落とす。


「当てるのは得意ですけど、

 暴くのは趣味じゃないので」


 それ以上は、踏み込まない。


 翔は、静かに息を吐いた。


「……助かります」


 それだけ言った。


 ◇


 オーディションが終わる。


 結果はまだ先だ。


 スタジオを出ると、

 外の空気がやけに冷たく感じた。


 ――完全じゃない。


 自分は、まだ。


 神崎 遼には話した。

 澪と由衣にも話した。


 それでも、

 “他人”の前では、

 まだ揺れる。


 翔は、拳を軽く握る。


 復讐は、止まっていない。

 でも、形を変えつつある。


 その途中で、

 母でも、相棒でもない誰かに、

 輪郭だけを掴まれた。


 それが、少しだけ怖くて。


 少しだけ、

 ――救いだった。


 次に進む準備は、

 もう始まっている。


 翔は、

 何も言わずに歩き出した。

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