第33話:共有
玄関のドアを閉めた瞬間、
張り詰めていたものが、ようやく少しだけ緩んだ。
靴を脱ぎ、リビングへ向かう。
灯りは点いていた。
ソファには澪。
テーブルの向こうに由衣。
二人とも、
翔の顔を見た瞬間に察したようだった。
「……話した?」
澪が、先に聞いた。
翔は、頷く。
「全部」
その一言で、
空気が変わる。
由衣が、思わず身を乗り出した。
「……全部って、どこまで?」
「平行世界のこと。
母さんのこと。
刺したやつのこと」
一つずつ、区切るように言う。
「復讐したいっていう本音も」
沈黙。
否定は、来なかった。
澪は、視線を落としたまま、
ゆっくりと息を吐く。
「……そう」
怒っていない。
驚いてもいない。
ただ、
覚悟を確認するような声だった。
「それで?」
翔は、少しだけ言葉を選ぶ。
「信じるって言われた」
由衣が、目を見開く。
「……え?」
「協力もするって」
由衣は、すぐに言葉を失った。
代わりに、澪が聞く。
「条件は?」
「一線を超えそうになったら、止める」
澪は、わずかに眉を上げた。
「正義で?」
「違う」
翔は、首を振る。
「友達だから、って」
由衣が、小さく息を呑んだ。
「……友達」
その言葉を、
口の中で転がすように繰り返す。
澪は、しばらく黙っていたが、
やがて静かに言った。
「……兄様」
「それ、怖くなかった?」
翔は、正直に答える。
「怖かった」
「今も?」
「今も、少し」
それでも、と続ける。
「嘘をついたまま隣に立つよりは、
マシだと思った」
由衣が、ぽつりと呟いた。
「……それ、翔くんらしい」
「そうか?」
「うん」
由衣は、苦笑した。
「一番大事なところで、
ちゃんと一番重い選択するところ」
澪が、視線を上げる。
「名前は?」
短い問い。
翔は、少し間を置いてから答えた。
「神崎 遼」
澪の目が、わずかに見開かれる。
「……本名?」
「ああ」
由衣が、ゆっくり頷く。
「それ、
向こうも覚悟決めてるってことだよ」
「分かってる」
だからこそ、
怖くもある。
澪は、腕を組んで考え込む。
「兄様」
「なに?」
「もう、一人で背負う段階は終わったんだと思う」
その言葉に、
翔は反論できなかった。
「止める人が増えたってことは、
暴走しにくくなったってことでもある」
「……うん」
「それ、悪いことじゃない」
由衣も、続ける。
「私も、澪もいる。
遼さんもいる」
「全部話したのは、
正解だったと思う」
翔は、ソファに腰を下ろした。
体が、少しだけ重い。
「……なあ」
ぽつりと聞く。
「俺、間違ってないか?」
澪は、即答しなかった。
由衣も、同じだ。
だからこそ、
二人の言葉は、重い。
「間違ってるかどうかは、
最後まで分からない」
澪が言う。
「でも」
由衣が、続ける。
「独りで壊れるよりは、
一緒に迷う方がいい」
翔は、目を閉じた。
復讐は、まだ先だ。
簡単には終わらない。
でも。
今日、確実に変わったことがある。
――全部を知っている人間が、
自分のそばに増えた。
それは、
弱くなった証拠じゃない。
戻れなくなった証拠だ。
翔は、静かに言った。
「……もう戻らない」
澪が、頷く。
「知ってる」
由衣も、同じように頷いた。
夜は、まだ長い。
けれど、
この家の中だけは、
不思議と静かだった。
それが今の翔には、
少しだけ救いに近かった。




