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第32話:神崎 遼

 線を引く理由が、

 一つ、増えた気がしていた。


 それは「信用しないため」の線じゃない。

 傷つかないための距離でもない。


 ――越えてはいけない場所を、

 一緒に決めるための線。


 その感覚が、

 どうにも落ち着かなかった。


 通話は、まだ切れていない。

 画面の向こうで、彼は黙って待っている。


 急かさない。

 探らない。

 ただ、そこにいる。


 柊 翔は、深く息を吸った。


 ここで何も言わなければ、

 今まで通りに戻れる。

 仮面を被り、距離を保ち、

 便利な相方として並ぶだけだ。


 でも――。


 「友達だから」という言葉が、

 頭の中で何度も反響していた。


 ◇


「……信じてもらえないかもしれない」


 自分でも驚くほど、

 声は落ち着いていた。


 彼は、頷くだけで口を挟まない。


「でも、嘘や隠し事をしたまま、

 相棒にはしたくない」


 一拍。


「それが、俺の線だ」


 言葉にすると、

 もう引き返せない。


 翔は、画面をまっすぐ見た。


「俺は、平行世界から来た」


 沈黙。

 驚きはない。


「元の世界で……

 母親が、俺を庇って死んだ」


 喉の奥が、わずかに詰まる。


「刺したのは、

 友達だと思ってたやつだ」


 事実だけを、並べる。


「俺が恋人を奪ったって勘違いして。

 悪い偶然が重なって……

 取り返しがつかなくなった」


 怒りは、まだある。

 でも、声を荒げない。


「俺は、許さないって決めた」


 視線を逸らさない。


「この世界に来て、

 そいつが“被害者”として

 生きてる可能性がある」


 胸の奥が、静かに熱を持つ。


「証拠は、まだ完璧じゃない。

 でも……俺は復讐したい」


 言い切った。


「それが、俺の本音だ」


 長い沈黙が落ちた。


 世界が、

 一度止まったような感覚。


 拒絶されてもおかしくない。

 距離を置かれても、仕方がない。


 それでも、

 逃げなかった。


 彼は、すぐに答えた。


「信じるよ」


 あまりにも、自然に。


 翔は、息を止めた。


「協力もする」


 一拍。


「だって、友達だろ」


 胸の奥で、

 固く絡まっていた何かが、

 音もなくほどけていく。


 彼は続けた。


「約束する。

 もし、一線を超えそうになったら」


 目を逸らさずに言う。


「その時は、止める」


 命令じゃない。

 脅しでもない。


「それも、友達だから」


 翔は、しばらく言葉を失った。


 正義で裁かれなかった。

 見捨てられもしなかった。


 ただ、

 隣に立つ前提で線を引かれた。


 ◇


 彼は、少しだけ照れたように咳払いをした。


「……じゃあさ」


 雰囲気を変えるように、

 でも逃げずに。


「俺も、一つだけ」


 翔は、黙って頷く。


「配信名じゃない」


 一拍。


「本当の名前を、教える」


 それは、

 同じ場所に立つという意思表示だった。


 彼は、はっきりと言った。


「神崎 遼」


 短い名前。

 でも、重い。


「それが俺の名前だ」


 そして、少しだけ笑う。


「よろしくな、相棒」


 翔は、すぐには返事ができなかった。


 復讐は、まだ終わっていない。

 怒りも、消えていない。


 それでも。


 この世界で初めて、

 家族でも、過去を知る人間でもない誰かに、

 本音を渡した。


 その事実だけが、

 静かに、確かに、

 胸の奥に残っていた。


 線を引く理由は、

 また一つ増えた。


 ――守るためじゃない。

 一緒に越えないための線だ。


 柊 翔は、

 その名前を心の中で繰り返す。


 神崎 遼。


 相棒の名前を。

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