第27話:最短ルート
テーブルの上に、三つのマグが並んでいる。
湯気はもう弱く、
話が始まってから、それなりの時間が経っていた。
「前提を整理するね」
水無月 澪が、指で机を軽く叩いた。
「男女比は一対千。
集団アイドルは、物理的に成立しない」
誰も反論しない。
「五人は論外。
三人でも、あと二人を“アイドルとして成立する顔立ち”で見つけるのは現実的じゃない」
由衣が、静かに頷く。
「しかも、
性格と動機が揃う必要がある」
「それが一番無理」
由衣が、短く言った。
「復讐とか、正義とか、
そういう話に巻き込まれない人じゃないと」
翔は、黙って聞いている。
話を遮らない。
もう、結論がどこに向かうかは分かっていた。
「じゃあ、個人?」
澪が視線を向ける。
「個人は埋もれる」
由衣が即答する。
「人数が多すぎる。
人気が出るまで、下積みが長い」
「どれくらい?」
「年単位」
その言葉に、
翔の指が、わずかに強く組まれた。
「……時間がない」
低い声だった。
感情をぶつけているわけじゃない。
ただの事実認識だ。
「犯人は、もう世論を取り始めてる。
世界は待ってくれない」
澪は、その言葉を否定しなかった。
「だから、
“個人だけど、単独じゃない”形を探す」
テーブルの中央に、結論が置かれる。
「配信者として動く」
翔が言う。
「人気アイドル目指してます、って建前で」
由衣が、苦笑する。
「分かりやすいし、
敵を作らない」
「応援してください、で行く」
澪が続ける。
「思想は語らない。
復讐の話もしない」
「その代わり」
翔が、言葉を継ぐ。
「コラボする」
由衣が、少しだけ身を乗り出した。
「相手を見る?」
「観測する」
言い直す。
「一緒にやってみて、
ユニットを組めそうか」
「アイドルとして成立するか」
「それから」
翔は、そこで一拍置いた。
「復讐に無関心でいられるか」
澪が、静かに頷く。
「関わらせない。
背負わせない。
巻き込まない」
「興味を持たれたら、切る」
由衣の言葉は、冷たい。
でも、優しい。
「それが、一番安全」
三人の間に、沈黙が落ちる。
もう、他の案は出ない。
「つまり」
澪がまとめる。
「固定ユニットは作らない。
まずは個人で走る」
「配信者として好感度を稼ぐ」
「コラボで人を見る」
「必要なら、後から組む」
翔は、ゆっくりと頷いた。
「最短ルートだ」
地獄でも、遠回りでもない。
今の自分にできる、最短。
「……いつ始める?」
由衣が聞く。
翔は、少し考えてから答えた。
「今日」
澪が、息を吐いた。
「ほんとに急だね」
「待てない」
感情を乗せずに言う。
「怒ってるからじゃない。
世界が、もう動いてる」
由衣は、端末を手に取った。
「じゃあ、
配信環境、最低限整えよう」
「プロフィール文も必要」
「最初は、
変に凝らない方がいい」
三人の会話は、
もう議論じゃなかった。
実行前の確認だ。
翔は、テーブルの端に置かれた自分の端末を見た。
ここから先は、
表の世界だ。
優しい顔をして、
怒りを隠して、
名前を覚えてもらう。
復讐は、まだ遠い。
でも、
止まってはいない。
「行こう」
その一言で、
作戦会議は終わった。
次に始まるのは――
性格がいいアイドルの初動だ。




