第23話:線を引くという発想
夜は、考え事に向いている。
柊 翔は、机に向かったまま、端末の画面を消していた。
情報は、もう十分だ。
これ以上見ても、怒りが増えるだけで、答えは出ない。
犯人は、被害者として語った。
世界は、それを受け入れ始めている。
そして――
何もしていない自分も、そこに含まれている。
「……このままでいいわけがない」
呟きは、独り言だ。
復讐したい。
許さないと決めている。
でも、動けば負ける。
語れば、相手の物語が完成する。
なら、何が残る。
翔は、椅子に深く腰掛け、天井を見上げた。
◇
この世界の住民は、守られる。
それは悪いことじゃない。
理不尽な目に遭ったのなら、
「かわいそう」で済ませる選択も、必要だ。
でも。
同じ平行世界から来た人間は、違う。
逃げてきた可能性がある。
過去を隠せる立場にある。
そして――
世界が変わったからといって、
やったことが消えるわけじゃない。
翔は、そこで初めて気づく。
自分が怒っている理由は、
復讐だけじゃない。
疑われたくないのだ。
犯人が、被害者として生き残ることで、
同じ世界から来た人間全員が、
同じ目で見られる未来。
それだけは、受け入れられない。
「……だから、線が必要なんだ」
誰のこととも言わない。
事件も、名指ししない。
ただ、原則を置く。
――平行世界から来た人間は、
平行世界から来た人間同士で、
最低限の線引きをする。
裁くためじゃない。
許すためでもない。
放置しないためだ。
翔は、指を組む。
世界が裁かないなら、
同じ立場の人間が、
自分たちの評判を守るしかない。
それは正義じゃない。
でも、現実的だ。
◇
そこで、ようやく気づく。
――無理だ。
この考えを、
誰にでも向けられるわけじゃない。
翔は、自嘲気味に息を吐いた。
自分は、人間不信だ。
目の前で、
友達だと思っていた人間に、
母を殺された。
その上で、
そいつは被害者面をしている。
この経験をして、
「他人を信用しろ」という方が、無理な話だ。
信用できないのは、欠陥じゃない。
生き延びるための、反応だ。
「……知り合いなら、まだ考える」
それが、自分の限界だ。
むしろ、
知り合いだからこそ信用する余地がある分、
それは、まだ優しい方だとさえ思う。
だから。
組織を作るとしても、
感情で繋がるわけにはいかない。
仲間意識も、友情も、いらない。
必要なのは――
立場が同じ人間だけが共有できるルール。
◇
翔は、端末を手に取り、
メモ機能を開いた。
誰にも見せない。
まだ、言わない。
ただ、思いついたことを書き留める。
・対象は「同じ平行世界出身者」
・目的は「告発」ではない
・裁かない、許さない、放置しない
・感情ではなく、事実のみ
・世界に向けて語らない
――線を引くだけ。
それだけで、いい。
画面を閉じる。
今は、構想でしかない。
実行するかどうかも、分からない。
でも。
考え始めた時点で、
もう元の場所には戻れない。
翔は、ゆっくりと立ち上がった。
復讐は、
一人で抱えるものではなくなった。
そして次は――
怒りを、
形にしないための仕組みを考える段階だ。
世界と戦わない。
犯人を糾弾しない。
ただ、
同じ場所に立つ人間として、
越えてはいけない線を引く。
柊 翔は、その発想に、
初めて確かな手応えを感じていた。
これは、衝動じゃない。
生き延びるための、次の選択肢だった。




