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第20話:問いの重さ

 放課後の空は、澄んでいた。


 雲は高く、音が遠い。

 こういう日は、感情が表に出にくい。


 水無月 澪は、由衣を校舎裏のベンチに呼び出した。

 人目はあるが、会話までは届かない距離。


 逃げ場を残しつつ、

 誤魔化しは許さない場所だ。


「……何の用?」


 由衣は、警戒を隠さない。


「相談したいって言ってたよね」


 澪は、穏やかに切り出す。


「“同じ配信というやり方で、真実を話したい”って」


 由衣の肩が、わずかに強張った。


「……うん」


「だから、聞くね」


 澪は、声のトーンを変えない。


「彼は、誰を殺したの?」


 由衣は、即答できなかった。


 視線が、地面に落ちる。


「……人を」


「誰?」


 追い打ちではない。

 確認だ。


「……言えない」


 澪は、頷いた。


「次」


 淡々と、間を詰める。


「なぜ、あなたはそれを知っているの?」


 由衣の指先が、ぎゅっと握られる。


「……前の世界で、事件があったから」


「ニュース?」


「……それだけじゃない」


 声が、小さくなる。


 澪は、そこで少しだけ間を置いた。


「じゃあ、聞き方を変える」


 風が、二人の間を抜ける。


「どうして、そこまでして配信という形にこだわるの?」


 由衣が、顔を上げた。


「……世界が、配信を信じるから」


「うん」


 澪は否定しない。


「でも、それは短期的な視点だよ」


 由衣の目が、揺れる。


「一時的には、

 あなたは“正しい側”に立てる」


 澪は、静かに続ける。


「でも同時に、

 誰かを追い詰めた人にもなる」


 由衣は、反論しようとして、言葉を失った。


「それでも、やりたい理由は?」


 問いは、逃げ道を塞ぐ。


 由衣は、しばらく黙っていた。


 やがて、息を吐く。


「……怖いから」


 初めて出た、本音。


「このまま放置したら、

 あの人は“被害者”として生き残る」


 声が、少し震える。


「また……

 何もできなかった、って思うのが」


 澪は、そこで最後の問いを投げた。


「由衣」


 名前を呼ぶ。


「あなたは、

 なぜそこまで臆病になっているの?」


 由衣の呼吸が、止まった。


 沈黙が、重く落ちる。


 長い時間の後、

 由衣は、ぽつりと言った。


「……前の世界で」


 声が、掠れる。


「私、同じクラスだった」


 澪は、動かない。


「……あの人と」


 由衣は、続ける。


「小さい頃は、幼馴染だった」


 澪の胸の奥で、何かが噛み合った。


「でも……

 恥ずかしくて、

 話しかけられなくて」


 由衣は、笑おうとして、失敗する。


「母親が殺された時も、

 何もできなかった」


 声が、低く落ちる。


「犯人は消えて、

 あの人も消えて」


 由衣は、ぎゅっと目を閉じた。


「全部、分からないまま終わった」


 静かに、続ける。


「……この世界に来て、

 答えを知った」


 澪は、そこで初めて口を開いた。


「だから、放置したくない」


 由衣は、頷いた。


「また、

 何もできないまま終わるのが怖い」


 澪は、しばらく由衣を見つめてから言った。


「由衣」


「……なに」


「あなたがやろうとしてるのは、

 正しいことかもしれない」


 一拍。


「でも、

 勇気じゃない」


 由衣が、息を呑む。


「それは、

 過去から逃げないための“衝動”」


 澪は、優しくも厳しく言った。


「衝動のまま配信したら、

 あなたも、兄様も、

 同じ場所で傷つく」


 由衣は、何も言えなかった。


 澪は、立ち上がる。


「答えは、急がなくていい」


 背を向ける前に、振り返った。


「でも一つだけ、覚えておいて」


 由衣を見る。


「兄様は、

 あなたが黙っていたことを、

 責めていない」


 由衣の目に、涙が滲んだ。


 澪は、それ以上言わない。


 この話は、ここまでだ。


 問いは、投げられた。

 答えは、

 由衣自身が選ぶしかない。


 空は、まだ静かだった。


 だが、

 由衣の中でだけ、

 長い時間が、音を立てて動き始めていた。

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