第19話:踏みとどまった理由
配信は、まだ続いていた。
柊 翔は、画面を見たまま動かない。
怒りは消えていない。
ただ、形を変えて沈んでいる。
配信者の声は、途切れ途切れだ。
「……怖かったんです」
「突然、世界が変わって」
「誰にも相談できなくて……」
言葉の選び方が、丁寧すぎる。
傷ついていることを、理解してほしい言い回し。
翔は、唇の裏を噛んだ。
――それでも、語れるんだな。
怖いと言いながら、
不特定多数の前に立ち、
自分の物語を提示できる。
それができる時点で、
もう逃げる側じゃない。
◇
コメント欄が、目に入る。
《かわいそう》
《よく話してくれた》
《悪いのは環境だよ》
《追い詰めた人がいるんじゃない?》
澪が、淡々と読み上げる。
「……出たね」
感情はない。
ただの観測。
「世界は、“最初に語った人”を信じる」
翔は、画面から目を離さずに言った。
「分かってる」
分かっているからこそ、
今、怒りを外に出さない。
配信者は、続ける。
「……僕は、
誰かを傷つけるつもりなんて、なかった」
その言葉で、
翔の中の何かが、音を立てて固まった。
――つもり。
あの日、
母を刺した時も、
同じ言葉を使った。
◇
呼吸が、ようやく整う。
翔は、端末を伏せた。
「……ここまでだ」
「うん」
澪も、端末を置く。
「最初の言葉は、十分だった」
二人の間に、静けさが戻る。
怒りは、まだある。
だが、もう暴れない。
翔は、低く言った。
「俺がさっき、動かなかった理由」
澪が、視線を向ける。
「母のことを思い出したから?」
「違う」
即答だった。
「母なら、止めただろうから」
澪は、何も言わなかった。
否定も、同情もない。
「母は、
俺が壊れるのを一番嫌う」
翔は、拳をゆっくりと開く。
「復讐は、回復だって決めた」
声は、静かだ。
「でも、怒りに任せて動くのは、
回復じゃない」
澪は、頷いた。
「相手の物語に、
兄様が利用されるだけ」
「そうだ」
翔は、短く言った。
◇
その頃、同じ配信を、別の場所で見ている人間がいた。
朝比奈 由衣だ。
彼女は、最初の数分だけを見て、
すぐに画面を閉じた。
「……やっぱり」
吐き出すように、呟く。
謝罪はない。
具体的な行動もない。
あるのは、
“理解してほしい”という訴えだけ。
由衣は、強く歯を食いしばった。
――逃げ切る気だ。
そして、
世界はそれを受け入れる。
◇
同じ夜。
管理局の内部掲示板に、
一つの議題が上がる。
【来訪者による配信内容への対応方針】
【社会的反響:大】
世界は、もう動き始めている。
だが、
柊 翔は動かない。
怒りを、
行動に変えない。
それが、
彼自身の復讐の形だからだ。
澪は、静かに言った。
「兄様。
今日、踏みとどまれたのは……
かなり大きい」
翔は、答えなかった。
ただ、窓の外を見る。
夜は、深い。
けれど、
闇の中で方向を失ってはいない。
次に動くのは、
世界か。
それとも――
被害者面の、続きか。
柊 翔は、心の中で繰り返す。
――許さない。
――だが、使われない。
その線は、
まだ、はっきりと残っていた。




