第17話:最初の通知
通知音は、短かった。
けれど、部屋の空気を変えるには十分だった。
柊 翔は、端末を伏せたまま、その音を数秒やり過ごす。
反射的に開かない。
これはもう、癖だ。
――今は、見ない。
線の内側にいる限り、判断は遅らせる。
◇
同じ頃、学校では別の形で波紋が広がっていた。
「ねえ、これ見た?」
誰かの端末に、複数人が顔を寄せる。
「“前の世界の真実を話します”だって」
「また来訪者配信?」
「違うっぽい。
今日の夜、初配信って」
水無月 澪は、少し離れた場所からその様子を見ていた。
騒ぎ方が、今までと違う。
噂は、いつも断片的だ。
でも今回は、時間が決まっている。
――今日の夜。
それだけで、空気は変わる。
澪は、視線を由衣に向けた。
朝比奈 由衣は、席に座ったまま、端末を見ていない。
だが、周囲の会話を聞き逃してもいない。
呼吸が、一拍だけ遅れた。
それを、澪は見逃さなかった。
◇
昼休み、澪は由衣に声をかけた。
「……今夜、配信あるって」
「知ってる」
即答だった。
「誰の?」
由衣は、少しだけ間を置いた。
「分からない」
それは嘘じゃない。
でも、知らないふりでもある。
「見る?」
澪が訊くと、由衣は視線を落とした。
「……最初だけ」
やはり、それだ。
「最初の言葉、だよね」
由衣は、小さく頷いた。
「最初に何を守ろうとするか。
そこに、その人の答えが出る」
澪は、それ以上言わなかった。
止める理由はない。
止めても、別の形で知ることになる。
◇
夜。
家は静かだった。
澪は自室で、端末を伏せている。
時間は、確認しない。
リビングでは、翔がソファに座っていた。
テレビは消えている。
時計の秒針だけが、音を刻む。
再び、通知音。
今度は、澪の端末だった。
【配信開始予定:21:00】
【タイトル:前の世界から来た者として】
澪は、深く息を吸った。
まだ、始まっていない。
でも、始まる準備は整った。
澪は立ち上がり、リビングに向かう。
「兄様」
翔は、視線を上げた。
「……来たか」
「うん。
今日の夜」
それだけで、十分だった。
翔は、端末を手に取る。
画面は、まだ開かない。
「見る?」
澪は、そう訊いた。
翔は、少し考えた。
「……最初だけ」
同じ答え。
それが、今の二人の線だった。
時計が、21時に近づく。
世界は、
誰かの言葉を待っている。
柊 翔は、画面に映るカウントダウンを見つめながら思う。
――語るのは、自由だ。
だが、
どこから語るかで、
世界はその人を選ぶ。
秒針が、最後の一目盛りを刻んだ。
配信開始まで、あと数秒。




