表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/54

第16話:境界線の内側

 その日の朝、管理局からの通知は一通だけだった。


【来訪者向け注意喚起】

【一部配信サービスにおいて、来訪体験の公開が増加しています】

【不用意な接触・言及は控えてください】


 文章は丁寧で、柔らかい。

 禁止ではない。

 ただの“お願い”だ。


 柊 翔は、端末を閉じた。


 ――始まる。


 確信というほど強くはない。

 けれど、もう「偶然」では片づけられない。


 ◇


 学校では、昼休みの空気が少しだけ変わっていた。


 水無月 澪は、由衣の机の周りに人が集まっているのを見た。

 騒いでいるわけじゃない。

 ただ、耳を傾けている。


「……配信、増えてるらしいよ」


 誰かが言う。


「前の世界の話とか?」


「うん。証拠出してる人もいるって」


 由衣は、黙って聞いていた。

 口を挟まない。

 笑わない。


 けれど、視線は一瞬だけ鋭くなる。


「……証拠があるなら、信じる人は増える」


 由衣が、ぽつりと言った。


 その声に、周囲が静まる。


「信じるってことは、

 “味方を選ぶ”ってことだから」


 澪は、その言葉を聞き逃さなかった。


 由衣は続けない。

 それ以上言えば、自分が“語る側”に回ると分かっている。


 ◇


 放課後、澪は屋上に由衣を呼び出した。


「さっきの話」


「……なに?」


「配信のこと」


 由衣は、フェンスに手を置いたまま答える。


「私は、まだ見てない」


 “まだ”。


 澪は、その一言に引っかかりを覚える。


「見るつもりは?」


 由衣は、少し考えた。


「……ある」


 正直だ。


「でも、全部じゃない」


「どうして?」


 由衣は、空を見上げた。


「最初の言葉だけ」


 澪は、息を飲んだ。


「最初に何を言うかで、

 その人が何を守りたいか分かる」


 それは、澪が第12話で考えたことと同じだった。


「……もし」


 澪は、言葉を選ぶ。


「もし、被害者として語り始めたら?」


 由衣は、即答しなかった。


 代わりに、こう言った。


「その人は、

 もう“謝る気”がない」


 断定。

 だが、感情は抑えられている。


「許されたいんじゃない。

 守られたいだけ」


 澪は、胸の奥が冷えるのを感じた。


 ◇


 夜、澪は家に帰り、リビングで翔を見つけた。


「……学校で、配信の話が出てる」


 翔は、頷くだけだった。


「由衣も、気づいてる」


 翔の視線が、澪に向く。


「どこまで?」


「“最初の言葉”が大事だって」


 翔は、短く息を吐いた。


「……同じだな」


 それは評価でも、警戒でもない。

 ただの事実確認。


 澪は、少し迷ってから続けた。


「由衣はね。

 被害者として語り始めたら、

 その人は逃げ切るつもりだって言ってた」


 翔は、何も言わない。


 澪は、そこで止めた。

 由衣の過去の話はしない。

 今はまだ、線の外だ。


 ◇


 その夜、翔は端末を手に取った。


 配信アプリのアイコンが、以前より目につく。

 おすすめ欄には、

 “来訪体験”

 “平行世界”

 “真実を語ります”

 そんな言葉が並んでいる。


 翔は、開かない。


 開けば、

 世界が選び始める。


 その前に、

 自分の線を、もう一度確かめる必要があった。


 許さない。

 追わない。

 語らない。


 その境界線の内側で、

 ただ、待つ。


 澪も、由衣も、

 それぞれの場所で同じことをしている。


 嵐の前の静けさは、

 もう十分だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ