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第15話:語られない理由

朝比奈 由衣は、嘘をつくのが上手いわけじゃない。


 だからこそ、

 語らないことで辻褄を合わせる癖がある。


 水無月 澪は、それに気づいてから、

 由衣の言葉ではなく「間」を見るようになっていた。


 ◇


 放課後、図書室は静かだった。


 由衣は、閲覧席の端で古い資料を読んでいる。

 前の世界の制度史。

 犯罪記録の扱い。

 事件が“風化”するまでの年数。


 ――やっぱり。


 澪は、心の中で小さく呟いた。


「それ、難しくない?」


 声をかけると、由衣は少しだけ肩を揺らした。


「……まあね」


 即座に端末を閉じない。

 隠そうとはしない。


 それが、由衣の誠実さだ。


「興味あるの?」


 澪が聞くと、由衣は少し考えてから答えた。


「興味っていうか……

 知っておきたいだけ」


 何を、とは言わない。


 澪は、椅子を引いて向かいに座った。


「前の世界で、何かあった?」


 直接すぎる質問。

 けれど、澪は“踏み込むと決めた距離”を守っている。


 由衣は、すぐには答えなかった。


 視線を落とし、指先で机の縁をなぞる。


「……事件があった」


 それだけ。


「ニュースになるくらい?」


「うん」


 短い。


「由衣の身近な人?」


 由衣の喉が、小さく鳴った。


「……近かった」


 近かった。

 家族とも、友人とも言わない。


 でも。


 遠くはない。


 澪は、それ以上聞かなかった。

 代わりに、別の角度から言う。


「犯人、捕まらなかった?」


 由衣の眉が、わずかに寄る。


「……捕まらなかった」


 声に、感情が混じる。


 怒りじゃない。

 悔しさでもない。


 置いていかれた人間の声音だ。


「だから、許せない?」


 由衣は、少しだけ笑った。


「それだけじゃないよ」


 澪は、続きを待つ。


「捕まらなかったってことは、

 “どこかで生きてる”ってことだから」


 由衣は、淡々と言った。


「普通に。

 誰にも責められずに」


 澪の胸が、静かに軋んだ。


 ――兄様と、同じだ。


 兄は、

 母を失い、

 犯人を失い、

 世界から答えを与えられなかった。


 由衣も、

 同じ場所で立ち止まっている。


 ◇


 帰宅後、澪は一人で考える。


 由衣は、まだ全部を話していない。

 でも、今日出てきた情報だけで、十分だった。


前の世界で事件があった


ニュースになる規模


身近な人が巻き込まれた


犯人は捕まっていない


そして何より。


 由衣は、

 **「答えが出ないまま終わった側の人間」**だ。


 澪は、リビングにいる翔を見た。


 彼は、いつも通り静かだ。

 だが、その静けさの質が、少し変わっている。


 ――準備している。


 世界が、どちらを選ぶのか。

 それを見る準備。


 澪は、あえて言わなかった。


 由衣が、

 「誰を失ったのか」

 「いつから知っていたのか」

 「なぜ、この世界に来て救われたと思ったのか」


 それは、

 由衣自身が語るべきタイミングがある。


 伏線は、もう十分だ。


 語られない理由がある、という事実だけで。


 その夜、澪は自分の部屋で、

 由衣の言葉を思い返す。


 ――「捕まらなかったってことは、

 どこかで生きてるってことだから」


 それは、怒りでも正義でもない。


 答えを求め続ける人間の言葉だ。


 澪は、静かに目を閉じた。


 物語は、まだ核心に触れていない。

 だが――


 もう、

 偶然で済ませられる距離には、いなかった。

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