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第13話:転校生の違和感

 昼休みの教室は、少しだけ騒がしかった。


 水無月 澪は、自分の席でノートを閉じながら、教室の前方を見ていた。

 担任が、見慣れない女子生徒を連れて立っている。


「今日から、このクラスに来る転校生だ。

 自己紹介をしてくれるかな」


 女子は、一歩前に出た。

 背筋は伸びているが、表情は硬い。

 笑顔を作ろうとする気配もない。


「……はじめまして」


 声は落ち着いていた。


「前の世界から来ました。

 詳しい話は、あまりしたくありません」


 教室が、一瞬だけ静かになる。


 この学校では、“前の世界”という言葉は珍しくない。

 それでも、ここまで露骨に線を引く言い方は少なかった。


「犯罪を犯した人が、

 世界が変わったからって許されるのは、おかしいと思ってます」


 数人が、息を呑んだ。


 担任が慌てて口を挟もうとするが、女子は構わず続ける。


「私は、そういう人たちが、

 この世界で普通に生きてるのを見るのが……嫌です」


 正論だ。

 だが、あまりにも角が立つ。


 澪は、胸の奥で小さく何かが鳴るのを感じた。

 ――怒りの種類が、知っているものと似ている。


「……以上です」


 女子は、それだけ言って一礼した。


 担任は困った顔で拍手を促し、

 教室はぎこちなく音を立てた。


 澪は、視線を落としたまま考える。


 この人は、

 許せないのだ。


 復讐相手を、ではない。

 世界の選択を。


 ◇


 昼休みの後半、澪は屋上へ向かった。

 考えを整理したい時の、癖だ。


 風が強い。

 フェンスの向こうで、空が白く揺れている。


「……あなた、水無月さんだよね」


 声がして振り返ると、

 さっきの転校生が立っていた。


「そうだけど」


「よかった」


 女子は、少しだけ肩の力を抜いた。


「あなた、さっき黙ってた。

 ああいう話、嫌い?」


「嫌いじゃないよ」


 澪は、正直に答えた。


「ただ……言い方が強いな、とは思った」


 女子は、苦笑した。


「分かってる。

 でも、黙ってたら無かったことにされるでしょ」


 その言葉に、澪は返事ができなかった。


 “無かったことにされる”。


 それは、兄が一番嫌っているやり方だ。


「あなた、家族は?」


 唐突な質問だった。


「……兄がいる」


 澪は、少しだけ迷ってから答えた。


「そう」


 女子は、フェンスに手をかけた。


「私ね。

 前の世界で、身近な人を犯罪で失った」


 澪の胸が、わずかに締めつけられる。


「だから、許せない。

 世界が変わっても、

 “やったこと”が消えるのが」


 怒りは、真っ直ぐだ。

 混じり気がない。


 澪は、静かに言った。


「……分かるよ、その気持ち」


 女子が、澪を見る。


「でも」


 澪は続けた。


「私の兄は、

 “罰したい”んじゃない」


 女子は、眉をひそめた。


「……じゃあ、何?」


「線を引きたいだけ」


 それは、澪なりの言葉だった。


「許さない、って決めた場所から、

 相手を外に出さない」


 女子は、しばらく黙っていた。


「……優しいね」


「違う」


 澪は、首を振る。


「一番、冷たい」


 女子は、小さく笑った。


「名前、聞いていい?」


「水無月 澪」


 女子は、少し考えてから名乗った。


「……朝比奈 由衣」


 その名前が、澪の中で静かに記録される。


 敵ではない。

 味方とも、まだ言えない。


 でも――


 兄と同じ怒りを、

 違う形で抱えている人。


 澪は、由衣を見て思った。


 この人は、

 いつか兄の話を知る。


 そして、その時、

 どう動くかで、

 “世界の空気”が一段変わる。


 その可能性を、

 今はまだ、言葉にしない。


 澪はフェンスの向こうの空を見上げた。


 嵐は、まだ来ていない。

 だが、

 声を上げる人間が、確実に増えている。


 それだけで、

 今日という日は、十分だった。

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