表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/54

第11話:静かな兆し

 何も起きない日が、三日続いた。


 管理局からの連絡はない。

 外出制限の緩和についても、追加の通達は来ない。

 ニュースも平常運転で、異世界や来訪者に関する話題は埋もれている。


 ――静かすぎる。


 柊 翔は、その静けさに慣れようとはしなかった。


 慣れた瞬間、判断を誤る。

 それを、母を失った日に学んでいる。


 午前中、澪は学校へ行った。

 彼女は「普段通り」を崩さない。

 それが今の役割だと、分かっているからだ。


 翔は一人、リビングで端末を操作していた。


 見るのは、公開情報だけ。

 管理局の掲示。

 制度変更。

 保護対象向けの注意喚起。


 そして――


 利用者動向。


 数字だけが並ぶ、味気ないデータ。

 それでも、翔はそこに目を凝らす。


 ・外出頻度

 ・通信利用時間

 ・配信プラットフォーム利用率


 その中に、一つだけ、妙な伸びがあった。


「……」


 翔は、何も言わない。


 だが、頭の中では既に整理が始まっている。


 外に出ない。

 人と会わない。

 それなのに、通信量だけが増えている。


 誰かが、内側で“準備”をしている。


 翔は、端末を閉じた。


 追わない。

 詮索しない。


 これは、第10話で澪と決めたことだ。


 ◇


 夕方、澪が帰ってきた。


「ただいま」


「おかえり」


 短い会話。

 声色はいつも通りだが、澪の視線が一瞬だけ泳ぐ。


「……何か、あった?」


 翔が訊くと、澪は少し迷ってから答えた。


「直接じゃないけど」


 ランドセルを置き、椅子に座る。


「学校でね。

 “最近、家に引きこもってる男の人が増えてる”って話を聞いた」


 翔は表情を変えなかった。


「噂話だろ」


「うん。

 でも、その噂の出所が、ちょっと変だった」


 澪は指先を組む。


「“配信準備してる人がいるらしい”って」


 翔の中で、先ほど見た通信量の数字と重なる。


「……誰が言ってた」


「誰かが誰かから聞いた、ってレベル。

 だから、事実かどうかは分からない」


 澪は、そこで言葉を切った。


「でもね」


 翔を見る。


「“怖いけど、黙ってるよりは話した方がいい”って言ってた」


 その言葉は、澪のものじゃない。

 噂の中の、誰かの言葉だ。


 翔は、静かに息を吐いた。


「……なるほど」


 澪は、続けなかった。

 分析もしない。

 評価もしない。


 それが、約束だからだ。


 ◇


 夜。

 翔は自室で、窓の外を見ていた。


 この世界は、優しい。

 だから、声を上げた者が注目される。


 怖い。

 不安。

 追い詰められている。


 そう語る人間を、世界は守る。


 ――もし。


 もし、あいつが

 “語る側”に回ったら。


 真実を語るとは限らない。

 嘘をつくとも限らない。


 ただ、

 見せ方を選ぶだけだ。


 翔は、拳を握らなかった。

 怒りも、焦りも、まだない。


 ただ、確認する。


 この世界が、

 次にどんな顔を見せるのかを。


 端末を手に取り、

 配信アプリのアイコンを一瞬だけ見てから、閉じる。


 ――まだ、見ない。


 それが今の正解だ。


 静かな兆しは、確かにそこにある。

 だが、嵐はまだ先だ。


 柊 翔は、そう判断し、

 灯りを消した。


 復讐は、動く前が一番重い。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ