第11話:静かな兆し
何も起きない日が、三日続いた。
管理局からの連絡はない。
外出制限の緩和についても、追加の通達は来ない。
ニュースも平常運転で、異世界や来訪者に関する話題は埋もれている。
――静かすぎる。
柊 翔は、その静けさに慣れようとはしなかった。
慣れた瞬間、判断を誤る。
それを、母を失った日に学んでいる。
午前中、澪は学校へ行った。
彼女は「普段通り」を崩さない。
それが今の役割だと、分かっているからだ。
翔は一人、リビングで端末を操作していた。
見るのは、公開情報だけ。
管理局の掲示。
制度変更。
保護対象向けの注意喚起。
そして――
利用者動向。
数字だけが並ぶ、味気ないデータ。
それでも、翔はそこに目を凝らす。
・外出頻度
・通信利用時間
・配信プラットフォーム利用率
その中に、一つだけ、妙な伸びがあった。
「……」
翔は、何も言わない。
だが、頭の中では既に整理が始まっている。
外に出ない。
人と会わない。
それなのに、通信量だけが増えている。
誰かが、内側で“準備”をしている。
翔は、端末を閉じた。
追わない。
詮索しない。
これは、第10話で澪と決めたことだ。
◇
夕方、澪が帰ってきた。
「ただいま」
「おかえり」
短い会話。
声色はいつも通りだが、澪の視線が一瞬だけ泳ぐ。
「……何か、あった?」
翔が訊くと、澪は少し迷ってから答えた。
「直接じゃないけど」
ランドセルを置き、椅子に座る。
「学校でね。
“最近、家に引きこもってる男の人が増えてる”って話を聞いた」
翔は表情を変えなかった。
「噂話だろ」
「うん。
でも、その噂の出所が、ちょっと変だった」
澪は指先を組む。
「“配信準備してる人がいるらしい”って」
翔の中で、先ほど見た通信量の数字と重なる。
「……誰が言ってた」
「誰かが誰かから聞いた、ってレベル。
だから、事実かどうかは分からない」
澪は、そこで言葉を切った。
「でもね」
翔を見る。
「“怖いけど、黙ってるよりは話した方がいい”って言ってた」
その言葉は、澪のものじゃない。
噂の中の、誰かの言葉だ。
翔は、静かに息を吐いた。
「……なるほど」
澪は、続けなかった。
分析もしない。
評価もしない。
それが、約束だからだ。
◇
夜。
翔は自室で、窓の外を見ていた。
この世界は、優しい。
だから、声を上げた者が注目される。
怖い。
不安。
追い詰められている。
そう語る人間を、世界は守る。
――もし。
もし、あいつが
“語る側”に回ったら。
真実を語るとは限らない。
嘘をつくとも限らない。
ただ、
見せ方を選ぶだけだ。
翔は、拳を握らなかった。
怒りも、焦りも、まだない。
ただ、確認する。
この世界が、
次にどんな顔を見せるのかを。
端末を手に取り、
配信アプリのアイコンを一瞬だけ見てから、閉じる。
――まだ、見ない。
それが今の正解だ。
静かな兆しは、確かにそこにある。
だが、嵐はまだ先だ。
柊 翔は、そう判断し、
灯りを消した。
復讐は、動く前が一番重い。




