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第10話:最初の協力

 約束を交わした翌朝も、世界は何も変わらなかった。


 妹――水無月 澪は、いつも通りに起きて、いつも通りに朝食を用意した。

 翔は、いつも通りに距離を取ったまま、席に着いた。


 変わったのは、言葉の置き方だけだ。


「……今日、管理局から連絡あると思う」


 翔が言うと、澪は一瞬だけ手を止めた。


「うん。昨日、来訪者の定期確認があるって聞いた」


 聞いた、ではない。

 聞きに行ったのだろう。


 翔はそれ以上追及しなかった。

 それが、最初の線引きだった。


 ◇


 管理局からの連絡は、昼前に来た。

 端末に表示された通知は、簡潔で事務的だ。


【保護対象者向け 心理状態確認のご案内】


 対象者名:柊 翔


「……行く」


 翔が言うと、澪はすぐに頷いた。


「私も?」


 問いかけの形だが、押しつけではない。


「……付き添いは、廊下まで」


「分かった」


 即答だった。

 その速さに、翔は少しだけ救われる。


 ◇


 管理局の廊下は、相変わらず白く、静かだった。

 人の気配はあるのに、音がしない。


 部屋の前で、翔は立ち止まる。


「ここからは、一人で行く」


 澪は、うなずいた。


「終わったら、どんな内容だったかだけ教えて」


 詮索しない。

 でも、関係を断たない。


 約束の範囲内だ。


 ◇


 応接室には、以前と同じ職員がいた。


「柊さん。今日は心理状態の定期確認です」


 形式的な質問が続く。

 睡眠。食事。外出頻度。

 どれも、嘘はつかない。だが、深掘りもさせない。


「最近、不安を感じる出来事はありましたか」


 翔は、少しだけ考えてから答えた。


「あります」


 職員のペンが止まる。


「具体的には?」


「この世界が、優しすぎることです」


 一瞬、空気が揺れた。


「……どういう意味でしょう」


「悪意が、見えにくい」


 翔は、それ以上説明しなかった。

 職員も、無理に聞かなかった。


 代わりに、別の質問が来る。


「他の来訪者との接触を、望みますか」


 来た。


 翔は、間を置いた。


「今は、望みません」


「理由は」


「必要がないから」


 半分は本当だ。

 半分は、嘘だ。


 必要が“まだ”ない。

 その時点では。


 ◇


 家に戻ると、澪はリビングで待っていた。


「どうだった?」


「……他の来訪者との接触を、勧められた」


 澪の眉が、わずかに動く。


「断った?」


「断った」


 澪は、ほっと息を吐いた。


「それでいいと思う」


 翔は、その言葉に引っかかりを覚えた。


「……理由は聞かないのか」


 澪は、少しだけ考えてから答える。


「聞いたら、私の役目を越える」


 翔は、黙った。


 役目。

 彼女は、自分の立ち位置を理解している。


「代わりに」


 澪が続けた。


「一つだけ、共有したいことがある」


 翔は、視線を向ける。


「管理局の掲示、今朝更新されてた」


 澪は端末を操作し、画面を見せた。


【保護対象者の一部に、外出制限の緩和措置】


 対象条件:

 ・一定期間、外部刺激を避けていた者

 ・強い恐怖反応を示す者


 翔は、画面を見つめたまま言った。


「……動かない人間向けだな」


「うん」


 澪は否定しない。


「たぶん、“外に出ない男”が含まれてる」


 翔の胸の奥で、冷たいものが動いた。


「これは、追い風か?」


 澪は、首を横に振った。


「違う。これは……居場所を固める動き」


 守られる側に、さらに厚い壁が作られる。


「だからね」


 澪は、翔をまっすぐ見た。


「これが、私の最初の協力」


 翔は、目を細める。


「情報共有?」


「ううん」


 澪は、ゆっくりと言った。


「待つ、っていう協力」


 翔は、思わず笑いそうになった。

 だが、笑えなかった。


「動かない相手には、追わない」


 澪は続ける。


「追えば、被害者面が完成する」


 正しい。

 そして、残酷だ。


「だから、先に“線”を引く」


 澪は、静かに言った。


「兄様は、何もしない。

 私は、何も集めない」


 翔は、考え込んだ。


 復讐は、前に進むことだと思っていた。

 だが、ここでは違う。


 進まないことが、圧になる。


「……それで、相手が動いたら?」


 澪は、迷わず答えた。


「その時が、始まり」


 翔は、息を吐いた。


 約束は、もう機能している。

 感情じゃない。

 判断だ。


「分かった」


 短く言う。


 澪は、小さく笑った。

 作っていない、静かな笑顔だった。


「無理しないで」


「それは、お前の役目じゃない」


「知ってる」


 澪は、うなずいた。


「だから、見てるだけ」


 その言葉が、

 なぜか胸に残った。


 柊 翔は、端末の画面を消しながら思う。


 復讐は、まだ始まっていない。

 だが――


 もう、準備は始まっている。


 静かに、確実に。

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