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ミレイvs十三

港を離れ、白い帆を膨らませた小型船がゆっくりと進んでいく。

加賀谷たちを乗せたその船は、サナリアへ向けて、数日間の航海に出た。


「うっ……うぅ……」


出発して間もなく、甲板の隅でぐったりとうずくまっている男が一人。


「加賀谷さん、大丈夫ですか……? 顔が真っ青です」


ティアが心配そうにしゃがみ込み、水筒を差し出す。


「ま、まずい……完全に酔ってる……これは、船じゃなくて拷問器具だ……」


「情けないわね。あれだけ村で格好つけてたくせに……」


ミレイは腕を組みながらも、なぜか楽しそうに笑った。


「でもまあ……船酔いぐらいは許してあげる。ふふ」


「優しさの基準、低すぎない……?」


「加賀谷、正直に言って。今、立てる?」


「……無理」


「即答……じゃ、休んでなさい。私たちで甲板は見ておくわ」


そのやりとりの横で、ティアは小さく微笑んだ。


「なんだか……お父さんとお母さんみたい……」


「は?」


「へ?」


ミレイと加賀谷が同時に顔を上げる。


「え、いや、その……ご、ごめんなさい、変なこと言った……!」


「……あ、いえ、別に。そうね、家族ごっこも悪くないかも」


「誰が“ごっこ”だよ」


ミレイはふいっと顔をそらすが、頬はわずかに赤く染まっていた。


そんな温かな空気の中。


船の先端。静かな海風の中に、ひとりの男が立っていた。


風を裂くような漆黒のコートに、灰色の目。

背は高く、気配を完全に抑えたまま、ただ海を見つめている。


やがて、彼は振り返った。


「ようやく会えたな――“退職代行士”殿」


「……!」


加賀谷の全身が、一瞬にして覚醒する。


立ち上がろうとしたが、船の揺れでまたふらつき、膝をついた。


「誰だ?」


声を低く抑えながらも、警戒を隠さず尋ねる。


男はゆるやかに微笑む。だがその目には、一切の温度がなかった。


「名乗るとしたら……そうだな。今は“エデン・ヴァルグ”と呼ばれている」


――その名に、加賀谷の脳裏が激しく反応する。


(エデン……ヴァルグ?)


契約解除のスキルを駆使したとき、記憶干渉を通して覗いた過去の記録。その中に、深層記録局という名と共に封じられた存在――契約理論を築きながら、国家からもギルドからも抹消された人物。


(消されたはずの、契約理論の創始者……!?)


「なるほど。君はもう、“記録の奥”に触れたか」


エデンはどこか楽しげに、だが確かな底意を秘めて言った。


「この国の契約制度、その礎は私が作った。そして、私が破壊する。君の存在も、その過程で――とても都合がいい」


加賀谷は目を細めた。無意識に一歩、足が前に出ていた。


「……お前が、何を壊そうとしているか知らない。ただ……俺の目の前で、泣いている誰かがいたら、俺はその人のために動くだけだ」


「正義、か?」


「違う。これは、ただの“代行”だよ。不当な契約を、引き剥がすだけの……退職代行士としての仕事だ」


エデンの口元が、少しだけ吊り上がる。


「面白い……やはり、君は愉しませてくれる」


その瞬間、冷気のような何かが空気に満ちた。


だが――次の瞬間、エデンは一歩下がり、闇の中に身を溶かすように姿を消した。


「また会おう。加賀谷蓮――契約を壊す者」


沈黙。


加賀谷は、深く息をついた。


その背後で――ゆっくりと、別の足音が甲板に響き始めていた。


静寂の海の上。

闇に溶けるように消えたエデンの残滓が、まだ加賀谷の胸をざわつかせていた。


そのとき――


「おぉ〜〜怖い怖い。まるでホラー映画のエンディングやな。……で?」


背後から、間の抜けた関西弁。


ギィ……と、船の板がきしむ。

振り返ると、月明かりに照らされる甲板の端に、ひょろりと背の高い男が立っていた。


だぼついた上着、襟元にはギルド執行官の紋章。

その目元には深い隈、まるでずっと眠っていないような雰囲気。

ただし――その目だけは、異様なほど鋭く、加賀谷をじっと見据えていた。


「……あんたは?」


「ほな、自己紹介さしてもらおか」


男は腰をくねらせ、まるで道化のようにおどけながら一礼する。


「わて、ギルド執行官No.13。名前はないんやけどなぁ、ま、十三じゅうぞうって呼んでくれてええよ」


「……ギルドの追手か」


「せや。けど安心しぃや、今ここでどうこうする気はない。

あんたに直接手ぇ出したら、ウチの上の人間からも怒られるしなぁ。めんどいねん」


言いながら、十三はぺたんと甲板に座り込み、どこからか干し肉を取り出してムシャムシャと食べ始めた。


「……勝手なやつだな」


「せやろ? せやけどなぁ、正直に言うてな――あんた、ほんまにオモロイわ」


干し肉をくわえたまま、十三はにぃっと笑う。


「ギルドランク5位の女騎士、リターニ・ミレイを寝返らせたうえに、封印契約を解除。挙げ句に、さっきは“あの男”とも遭遇してたやろ? エデン・ヴァルグ。……君ぃ、ホンマにヤバいことに巻き込まれてんで?」


「分かってる。だが、引くつもりもない」


「ほぉ〜〜言うやん。ええ度胸や。まぁ……せやからこそ、上も焦ってんねんけどな」


十三はくちゃくちゃと口を動かしながら、ふっと真顔に戻る。


「次は……ウチの“隊長”が動くかもな。サウゼル・カリンディス。あれはマジで殺る気でくる」


「……」


「ま、せいぜい気ぃつけてな、退職代行士さん。あんたの仕事、応援はせぇへんけど……ワクワクはしてんで?」


月明かりの下、十三は立ち上がると、ポケットから飴玉をひとつ加賀谷に放った。


「ほな、またな。次は――本気で殺しにくる奴、連れてくるで」


その言葉を残し、風のように姿を消す十三。


手の中に残されたのは、赤い包みにくるまれたただの飴玉だった。


加賀谷はそれを見つめながら、そっと力を込めて握りしめる。


嵐は――確かに近づいていた。


ーーー


夜の船の中。

夜の帳が下り、甲板を抜ける風も静かになるころ。

加賀谷とティアが部屋に戻ったあと、ミレイは一人、船室の通路を歩いていた。


細く軋む板の音。わずかな振動。

その奥──誰もいないはずの暗い通路に、突如として気配が現れる。


「……」


ミレイは即座に足を止めた。剣に手をかける。


「さっすが。五位様は勘がええわ」


艶やかな声。軽い節回し。

そして現れたのは、船の木陰に溶けるような細身の男。

くしゃっとした髪、笑った目。まるで軽薄な旅人のような──それでいて、ただ者ではない空気。


「ギルド執行官No.13、《十三》どす。初めましてやなぁ、ミレイ嬢」


「……あんた、どうしてここに」


「そら、命令受けたからや。“裏切り者を確保せぇ”って。

それが──君や、ミレイ」


「……」


ミレイの目が鋭く細まる。

剣を抜く音が静かに鳴った。


「私が裏切った? 私は自分の正義を選んだだけ」


「ふふっ、そやろなぁ。君がそう言うのは、見とったらわかる。

ただなぁ──ギルドっちゅうのは、“選ばせないことで秩序を保っとる組織”やさかい」


「……!」


「君が選んだ時点で、それは“異常”なんや。

しかも契約破り。しかも誰かに助けられて、しかも笑顔でしとった──」


十三の目が笑っていなかった。


「そらもう、確かめなあかんやろ。“ほんまに正義なんかどうか”をなあ」


「言葉はいらない。……私は、剣で示す」


「そうこなくっちゃ♪」


十三が両手を上げ、そして──何も持っていないその手が、突然、

空気ごと斬り裂くように鋭い一撃を放つ。


見えない斬撃。圧力だけが走る。


ミレイは即座に横へ跳ねる。

剣を水平に構えた。


「ッ……これは、風?」


「よう気づいた。わて、“武器使えへん”って評判なんやけどなぁ、こう見えて、風の扱いには自信あんねん」


十三の周囲が、静かに揺れ始めた。

目に見えない風が、船室の壁に爪痕を刻んでいく。


「さあ、正義を語るんやろ? だったら、わての“秩序”とぶつけてみぃ!」


ミレイは沈黙のまま、一歩踏み込んだ。


ひょろ長い体。薄汚れたコートを揺らしながら、十三番目のギルド執行官《No.13(ナンバー・サーティーン)》が笑みを浮かべていた。


「リターニ・ミレイ。あんた……ほんまに契約、破ったんやな」


その声はどこか楽しげで、同時に静かに底冷えするようなものだった。


「私の名を、軽々しく呼ばないで。あなたに用はないわ」


ミレイは腰の剣を抜き、構える。

船の振動がかすかに足元を揺らすが、その姿勢に迷いはない。

──この通路での戦闘は危険だ。だが、引くわけにはいかない。


「ほぉ〜。そんなに気ぃ張ることないやんか。ワイはただ“確認”に来ただけやで?」


十三はコートの下から、小さな短剣を一本、指の間でクルリと回して見せる。

その動きは、妙に滑らかで軽やか。

だが、その手元から風が巻き起こり、船内のランタンの火がぐらりと揺れた。


「確認……?」


「せや。“裏切り者”がどんな顔しとるか、どんな目ぇしてるか──

ほんまに“正義”を信じて動いとるんか、確かめに来たんや」


「っ……!」


「ほんでな。もし、信じてないんやったら──斬る。簡単な話やろ?」


瞬間、十三の姿が揺らいだ。


(速い──!)


ミレイが反射的に剣を振るう。


鋭い風。

視界の端に、まるで小さな竜巻が生まれたような軌跡が走る。

だがミレイの斬撃は空を切り、すぐ後ろから突き刺さるような声がした。


「遅いなぁ、ミレイはん。昔と比べて、ちょい鈍ったんちゃう?」


「……!」


彼女はすぐさま距離を取った。

その瞬間、剣に魔力をまとわせる。


「──《断空剣》!」


振り下ろされた剣先から、光の斬撃が走る。

魔力を帯びた刃が空を裂き、一直線に十三へと放たれた。


だが──


「おお、怖い怖い。けど、そんなんじゃ当たらへんで?」


風とともに身体を翻した十三は、まるで羽根のように浮き上がり、斬撃を紙一重で回避していた。


「直線的やなぁ。まっすぐ、まっすぐすぎて、わろてまうわ」


「っく……!」


(当たらない……!)


彼女は知っている。

十三のスキルは《風域加速》。

自身の動きを風で加速させ、さらに風圧で相手の視界と感覚を狂わせる。


単純な速さではない。

“見せかけ”すらも自在に操る風の戦士。


「どうした? それで終わりか?」


「……私は、負けられない」


ミレイは息を整える。


「私は、もう迷わない……私が選んだ正義は、誰かに押しつけられたものじゃない。

私自身の、意思だ!」


その瞬間、剣が光を帯びた。


鼓動が、強くなる。


頭の中に、浮かぶ顔があった。

──加賀谷の横顔。

──ティアの笑顔。

──かつての自分の後悔、そして……父の厳しい背中。


(私は……もう、誰かの道具じゃない)


風が巻き起こる。

しかし今度は、それを切り裂くような“信念”の光が、剣に宿った。


【スキル《断空剣》が感情値の高騰により進化しました】

【新スキル:《断空剣・追誓》を習得】


「──っ、これは……!」


十三の目が細められる。


「……なんやそれ。さっきより、魔力が重いで……?」


「《断空剣・追誓》──これは、私の覚悟だ!」


再び斬撃が走った。しかし、それを軽く避ける十三。


だが今度は──それは、空中で“曲がった”。


「なっ──」


背後から迫る、追尾する刃。


十三は飛び退いた。

だが斬撃は、彼の動きを“読み”、鋭角に折れて再度迫ってくる。


「ぐぅっ──!」


避けきれなかった。

肩に浅く、しかし確かに斬撃が食い込んだ。


ミレイは、静かに構え直す。

その姿は、まさに“剣の意志”そのものだった。


「次は、外さない」


「……やれやれ。おもろいなぁ、ミレイはん。

ほな……もうちょい、遊ばせてもらいましょか」


──船内の空気が、震えた。


闘いの第二幕が、始まる。


《断空剣・追誓だんくうけん・ついせい


スキル種別:進化型魔斬スキル

派生元:断空剣


▸ 効果


剣に宿した魔力を遠距離へ放ち、飛ぶ斬撃として敵を攻撃する。

進化後は「対象の魔力反応を追尾する機能」が追加されており、対象が回避しても斬撃は自動的に軌道を修正し、追尾・再攻撃を行う。


斬撃は最大3回まで追尾を繰り返し、魔力反応が遮断されるか障壁で完全に防がれない限り、命中精度は極めて高い。


▸ 特徴

•直線的だった《断空剣》の欠点を克服

•高速移動・風属性の相手に対して有効

•自らの信念を軸に“守るべき者”を想う強い感情がスキル発動時に必要

•発動時、剣身に紫紺の魔力が灯り、光の軌道は敵の魔力を追尾するように弧を描く


▸ 発動条件

•スキル《断空剣》の習得済み

•強い守護意識または「信じた正義の確立」が引き金となる精神感応型の進化発動

•通常戦闘中に覚醒することが多く、必殺技に近い扱いとなる


▸ 名称の由来


「追誓」は“誓いを追う”という意志の象徴。

ミレイが誰かの命令ではなく、“自らの正義に従う”と決意した証として、剣がその想いに応じて進化したもの。

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