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ギルド執行官ナンバー13

港町への道を歩く途中、三人は草地に腰を下ろしていた。

次の街――サナリアへ向かう前の、わずかな休息のひととき。


「……本当に、ありがとう、ミレイさん」


焚き火の火がゆれる中で、ティアがぽつりと口を開いた。


「……アイリのこと、調べてくれて……スフィンさんに頼んでくれたって聞いた時、びっくりした。でも……嬉しかった。すごく」


ミレイは少しだけ、照れくさそうに目を逸らす。


「別に……あんたの反応が、本気だったからよ。演技じゃなかった。あの子のこと、本当に取り戻したいんだってわかったから……」


ティアは目を細めて笑った。


「うん。私、アイリのこと、ずっと思ってた。絶対に助けたい。だからありがとう。」


ミレイはゆっくりと立ち上がり、焚き火に背を向けて空を見上げる。


「……恩を売ったつもりはないのよ。ただ……“諦めろ”って言われるたびに、それでも抗おうとする人が、昔の自分みたいで、ちょっと……放っておけなかっただけ」


「昔の……ミレイさん?」


「子どもの頃ね。誰にも認められなかったし、何を言っても命令しか返ってこなかったから……」


少しだけ笑って、振り返る。


「でも、今は違う。私の判断で動けるし、あんたたちを助けたいって、自分で思ってる。だから……気にしないで」


ティアはうなずいて、そっとミレイの腕に抱きついた。


「……ありがと、“お姉ちゃん”」


「……なっ……」


「冗談だよ」


「……はぁっ!? 今のは完全にわざとでしょ!? 斬るわよ!?」


加賀谷はくすっと笑いながら、二人の様子を見ていた。



しばらくして、加賀谷が口を開く。


「そういえば、サナリアってどんな街なんだ? スフィンが“契約の影が濃い”って言ってたけど」


ミレイは表情を引き締めた。


「簡単に言えば、“契約実験都市”。制度魔術の応用や、特殊なスキルの開発が進んでる。表向きは“研究都市”って名目だけど……裏では、実験体の輸送や人格契約の試験なんかも行われてるって噂もある」


ティアが顔をこわばらせた。


「アイリが……そんな場所に……」


「可能性は高い。でも、サナリアは特殊な自治権を持ってるから、普通の冒険者じゃ入れない。だからこそ――私が必要ってわけ」


「ギルドの身分証か?」


「ええ。あと、金銭もね」


加賀谷が顔をしかめた。


「……悪いな、ミレイ。移動費も装備も、ほとんどおんぶにだっこだ」


「いいのよ。あんたたちには“命”をもらった。これくらいで帳消しになると思わないでね」


ティアは小さく笑いながら言った。


「じゃあ、いまは“お姉ちゃんに全部任せる”ってことでいいんだよね」

「……もういいわよ。お姉ちゃんに全部任せなさい」



そして、港町の入り口に辿り着く三人。


潮の香り。帆を上げる音。次の船は、明朝に出港予定。


ーーー


王都ギルド本部・最高戦略室


長机の前で数名の評議官たちが沈黙していた。

部屋の中央には、金属製の重い装甲に身を包んだ一人の男が立っている。

ギルド連盟戦闘部門・第壱隊隊長、サウゼル・カリンディス。


「……契約管理庁からの報告は、間違いないな?」


「ええ。記録逆閲と真言強制によって、リターニ・ミレイの人格干渉契約が“外部の干渉によって”破られたとあります」


「……そんな馬鹿な。あれは管理庁内でも“絶対契約”と分類されていたはずだ」


別の幹部が苛立ちを隠せずに言う。


「それを外部者が破った? それも、ギルドに登録されていない非所属の男がか?」


サウゼルは静かに頷いた。


「そして、問題はそれだけではない。リターニ・ミレイ本人が――その“男”に同行している」


室内の空気が凍る。


「ランキング5位の戦力が……? まさか、彼女が自らの意思で?」


「明確な裏切りと断定されました。ギルド法第七条に基づき、“反逆者候補”として認定されます」


「……ふん」


サウゼルが一歩前に出る。


「ならば、“執行部”を動かすしかあるまい。例外なく――粛清対象だ」


「誰を派遣する?」


「──リターニと同格、あるいはそれ以上の者が必要だ。個人的な感情を持たず、命令に忠実で、腕も立つ……」


重い沈黙の中、ひとりの男が静かに名簿をめくり、指を止めた。


「候補は……“リターニ・レオナルド”の推薦者として育てられた者。“ギルド執行官ナンバー13”、派遣要請を──」



こうして、ミレイの“裏切り”は公式に認定され、

ギルドはついに――“加賀谷とミレイの捕縛”に動き出す。


それはまだ、旅を続ける三人には知らされていない。

だが、確実に迫りつつある“正義の名を持つ刃”が、彼らの背後で静かに抜かれた。


ーーー


王都・ギルド戦闘本部 地下第六会議室


硬質な床に響く、重い足音。

ギルド連盟戦闘部門の隊長サウゼル・カリンディスが、分厚い契約書ファイルを机に叩きつけた。


「……表ランキング第5位のリターニ・ミレイが“契約解除者”に同行。ギルド指示には一切応じず。すでに正規回収部隊は全滅」


誰に言うでもないその独白に、会議室の扉が軋む音が返った。


「おぉ、怖い怖い……また一人で怒鳴ってはるんですか、隊長さん」


ひょろっとした男がぬるりと入ってきた。

肩の落ちた黒コートに、片方だけ長い袖。

猫背で、腰が低く、笑っているのか真顔なのか分からない表情。


ギルド執行官――No.13。


「……よく来たな。任務詳細は読んだか」


「一応なー。なんや、また粛清か? 正義の味方ってほんま忙しいわぁ。ほんで……相手、誰やったっけ?」


「“リターニ・ミレイ”。元第5位。ギルド戦術学科主席。お前が模擬戦で敗れた相手でもあるだろう」


「んん? ああ……あの時の女剣士かぁ。よう斬ってくる子やったなぁ……懐かし」


「笑い事じゃない」


「そっちはいつも怒っとるけど、俺は平常運転やし? ほら、“表の人間”と違って、俺にはランクとか関係ないんで」


ひらりと手を振るNo.13。その手には何も持っていないが、空気がひりついた。


「俺ら“執行官”はな、名前もなけりゃ、数字も公表されへん。この国にとって都合のええ“犬”や。せやからこそ、容赦せぇへんで?」


サウゼルの眉がわずかに動いた。


「処理対象に情けは不要。だが……今回は相手が悪い。ミレイは感情に流されるタイプじゃない。“自らの意志”で裏切った可能性が高い」


「ほぉん……なら、余計に始末は楽やな。自分で決めて動いたんなら、なおさらギルドに従う気はないってことやし」


No.13がくるりと背を向けて、扉に向かう。


「一応聞いとくけどな……その“契約解除した男”、名前は?」


「加賀谷 蓮」


「……ふぅん。よう知らんけど、おもろいやつやとええな。退職代行士さんに、俺の“仕事”の意味、教えたるわ」


そしてひらりと手を振って、影のように去っていく。


「……また後でやで、隊長さん。成功報告、楽しみにしとき」


扉が閉まると同時に、サウゼルは小さくため息をついた。


「まったく……あいつが“本気”になると、街が一つ潰れる……」


そう呟いた声は、確かな重さを帯びていた。


ーーー


夜の港・薄暗い倉庫街──


冷たい海風が吹き抜ける中、No.13の黒衣がはためいた。

手にした小型の水晶片が淡く光を放ち、遠く離れた一隻の船を指し示している。


「へぇ……追跡封印。こんな上等な術式、誰が残していったんやろなぁ」


ぺたん、と倉庫の壁にもたれかかると、闇の中からもう一人の男が現れた。

フードを目深に被り、顔立ちは判然としない。だが、気配が常人のそれではなかった。


「ギルドの犬が、俺の道具を使うとはな。滑稽だ」


「おぉお? 出た出た……亡霊みたいな口ぶりやな。あんた、確か……エンデ・ヴァルグ、やったっけ?」


「まだ私を覚えている者がいるとは、感心だ。No.13」


No.13は鼻を鳴らした。


「そら覚えとるやろ。アンタが消えたあと、契約庁の“管理基盤”はズタズタや。ギルドが代わりに仕切るようになったんも……半分はあんたのせいやで?」


エンデは微笑を浮かべた。だがその目に、情感はなかった。


「崩すために築いた制度だ。君たちが利用しようと、私には関係ない」


「ほんで? 俺に何の用や。“おしゃべり”だけのために、出てくるようなタマちゃうやろ、アンタ」


そう言った刹那、エンデが消えた。

「!?」

直後、No.13の背後に現れ、肩に手を添えた。その手からは光が漏れている。


「君にはひとつ、警告しておこう。“あの男”に深入りするな。退職代行士――加賀谷 蓮。彼は……私の計画にとって、利用価値がある」


「ははぁん、なるほどな。脅しに来たんか」


No.13はエンデから距離を離すと、背筋を伸ばし、口の端をゆがめた。


「残念ながらなぁ、俺は誰の犬にもならへん。“ギルドの執行官”やけどな、命令で動いてるんとちゃう。俺が俺であるために動いてんねん。せやから――」


彼の周囲に、目に見えない“重圧”が満ち始めた。空気が、重力に逆らうように波打つ。


「アンタでも、俺に命令はできんで?」


エンデは静かにその気配を受け止め、無言のまま背を向けた。


「……だからこそ、君に話しかけた。破壊者にして、放浪者。面白い男だよ、君は」


風が吹き抜けたとき、エンデの姿はもうなかった。


No.13は小さく舌打ちした。


「やれやれ……めんどくさいもんが、いろいろ絡んできよるなぁ」


視線を再び海へ向ける。その先には、静かに進む一隻の船影――加賀谷たちの乗った船が。


「まぁええわ。俺の仕事は、止めることと違う。“試す”ことや。どこまで信念曲げへんか、なぁ――“退職代行士”さんよ」


その瞳には、ただ一つの意思が灯っていた。


ギルド執行官(Guild Enforcers)


■ 概要:

•ギルド連盟の“秩序維持”を名目に活動する秘密部隊

•表向きには存在しない。記録上は「ギルド特別戦力」としか記されていない

•各メンバーには番号と役割が与えられており、個人名は伏せられる(通称:No.○○)



■ 組織構成とルール:

•総員:15名(No.01〜No.15)

•任務:反逆者の捕縛・処刑、契約制度を脅かす者の粛清、違法スキルの使用者排除など

•指揮権:ギルド評議会直属(王家すら干渉不可)

•契約:各執行官は“ギルドと特別契約”を結び、命令違反は即死の強制契約が発動する

•全員が“ランクS相当以上”の実力者


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