この野菜、栄養豊富だけどどう調理しても栄養が逃げるじゃねーか!
『ピケッチャ』という野菜をご存じだろうか。
南米が原産とされる根菜で、見た目は蕪とよく似ている。
白い玉のような根があり、そこから長さ30センチほどの葉が生えている。オタマジャクシに見えると評する人もいる。
尾を引く彗星にも見えることから、海外では「シューティングスター」と呼ばれることもある。
さてこのピケッチャであるが、味は上等である。
柔らかく甘みがあり、皮も薄いので、洗えば生で食べることも可能。
大きめのスーパーや八百屋に行けば扱っていることが多く、購入もそこまで難しくない。値段はメジャーな野菜に比べると、やや高めといったところか。
そして特筆すべきは、栄養価の高さにある。
炭水化物、タンパク質、脂質、ビタミン、ミネラルの五大栄養素を始め、健康に有用な栄養が豊富に含まれており、成分表だけ見るといわゆる「完全栄養食」と言っても過言ではない。
ある男も、ピケッチャのそんな魅力に惹かれて購入したのだが――
***
これがピケッチャか。
ちょっと高めだったけど、これ食えば栄養に関してはバッチリっていうんなら安いものだよな。
もし、今日食べて美味かったら、これからも常食しようかな。
もう食べ方は決めてある。野菜炒めだ。
炒め物は失敗しにくいし、なにより美味いからな。
根の部分は乱切りに、葉の部分も3センチ間隔ぐらいで切って、醤油だみりんだ酒だを入れて炒めれば、きっと美味しいに違いない。油はごま油を使ってみるかな。
とはいえ、野菜ってのは調理方法を間違えると、栄養が全部消えちゃうなんて話も珍しくないよな。
例えば茹でたら栄養が水に溶け出しちゃうとか、焼いたら栄養が壊れちゃうとか……。
念のため、ピケッチャはどう料理すべきかスマホで調べてみるか。
本来もっと前にやっておくべきだったけど、こういうこともあるさ。
どれどれ……。
――え!?
ピケッチャはデリケートな野菜で、油で炒めたりすると栄養がほとんど台無しになってしまうだって?
ってことは、炒め物にしたら、まるで意味ないわけか……。
そこそこ高かったし、食べるならピケッチャの栄養を無駄なく取りたいよな。
炒めてダメなら、煮込んでスープならどうだろう?
ニンジン、タマネギ、ジャガイモあたりとピケッチャを煮れば、かなり美味しいスープができそうだ。
一応、調べてみる。
え、これもダメ?
煮込んじゃうと、ピケッチャの繊維が崩壊して、栄養は根こそぎ分解されちゃうのかよ。
その後スープを飲んだとしても、ピケッチャの栄養はほぼゼロになってしまう。
なんつうデリケートな野菜だよ、ピケッチャ。
だったら蒸して、ふろふき大根ならぬふろふきピケッチャにするのはどうだ。
味噌をつけたらさぞ美味しいに違いない。
だが、調べてみると、蒸すのもNG。
やっぱり熱で栄養が壊れてしまうそうだ。
じゃあいっそ、生で食べてみるか。
野菜を生でいくのはあまり好きじゃないんだけど、栄養のためだと思えば頑張れる。
念のため、ピケッチャを生で食べていいか調べると……。
え、生もダメなのかよ。
ピケッチャを生のまま食べると消化効率が悪くなり、殆ど栄養を取れなくなるらしい。
俺はスマホでピケッチャを調べまくる。
燻製はダメ。いぶすと栄養が破壊される。
漬物も漬けているうちに栄養がダメになってしまう。
いっそ冷やしてみたら――これもピケッチャの栄養を逃がしてしまう。
それだけじゃない。
水で洗えば栄養がどんどん落ちるし、切れば切断面から栄養が逃げていくし、すぐに食べないとどんどん栄養は落ちるし……。
ピケッチャ本来の栄養価を100として、どんな調理や食べ方をしても、それはせいぜい5とか10にまで落ちてしまう。
あれもダメ、これもダメ、それもダメ……。
――ああああああああああああっ!!!
もういい! めんどくせえ!
栄養なんかどうでもいい! ビタミンもカルシウムも気にしねえ!
好きに食うわ!
俺は炒め物にするぞ!
根は乱切りして、葉っぱも細かく切って、タマネギ、ニンジン、豚肉あたりと炒めて、食べてやる!
調味料は醤油、砂糖、みりん、酒……オイスターソースなんかも入れちゃうか!
その後、俺はピケッチャの炒め物を平らげた。
味については前評判通りだ。美味しかった。俺好みの味だ。
栄養は殆ど取れてないんだろうけど、かまわない。
俺はこれからも、ちょくちょくピケッチャを食べることにした。
美味かったんだから栄養なんか関係ない――
***
男は100歳を越える年齢まで健康的に長生きし、今も健在である。
ピケッチャも好物のままだ。
自分の歯でしっかりピケッチャを噛む姿は、とても一世紀生きた人物とは思えない。
ちなみに、ピケッチャの栄養素を全く逃さず取る方法が一つだけある。
それは「健康や栄養のことなど気にせず自分の好きなように調理して美味しく食べる」である。
もちろん、こんな方法は地球上の誰も知らないし、この男も当然知らない。
おわり
お読み下さいましてありがとうございました。