失われた自由
ミコは、生きていた。
頭の上で呼吸をし、喉を鳴らし、時折耳を動かした。
けれど、その小さな体は、もう「猫」という生き物が持つ自由な動きを失っていた。
歩くことはできない。
跳ねることも、爪を研ぐこともできない。
足も尾も、ユウトの頭部と癒合し、わずかに動くのは耳と鼻先だけだった。
そして、ミコにはもうひとつの苦しみがあった。
ユウトが走るたび、その振動がミコの体を直に揺さぶったのだ。
揺れるたび、ミコは小さく鳴き、耳を伏せ、目を閉じた。
(ミコ……ごめんね……)
ユウトは走りたい気持ちを何度も胸にしまった。
***
水遊びの時間、プールの季節が訪れたときも、ユウトはみんなと同じように楽しむことはできなかった。
ミコは水が苦手だった。
水しぶきがかかるだけで、体を強張らせ、小さく「にゃっ」と鳴く。
ユウトはその声に胸を詰まらせ、先生と一緒にプールサイドで見守ることを選んだ。
他の子どもたちの歓声、跳ねる水音。
それを背に、ユウトはミコの頭をそっと撫でた。
「大丈夫だよ、ミコ……」
***
ユウトの首や肩の筋肉は、他の子どもたちより早く発達していた。
けれどその分、夜になると鈍い痛みが襲った。
美咲は寝る前、ユウトの肩を優しく揉み、ミコの耳元で囁いた。
「二人とも、大丈夫。大丈夫だからね……」
その声だけが、夜の静寂を埋める唯一のものだった。