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光と闇

ユウトは、言葉を覚えるのが驚くほど早かった。

一歳を過ぎる頃には、簡単な絵本を自分でページをめくりながら声に出して読んでいた。

数字や形、色の区別も正確で、母が絵を描いて見せると、ユウトはわずかに微笑み、首を傾けて言った。


「ママ、木の枝が一本足りないよ。」


その指摘に、母は胸が震え、涙が滲んだ。

(この子は……やっぱり特別なんだ……)


夜。ユウトとミコが眠った後、母は薄暗い部屋の片隅で古い記事を何度も読み返した。

机の上のタブレットには、カズキという少年の記録が映っていた。


カズキ。三毛猫症候群の歴史にその名を刻んだ天才児だった。

幼くして数理、生物学、神経科学の境界に挑み、論文を書き、理論を組み立てた。

「なぜ人の頭に猫が癒合するのか。どうしてそんな不条理が起こるのか。解き明かし、治す方法を見つけなければならない。」

彼のノートはびっしりと数式、図、解剖図、仮説で埋め尽くされ、亡くなる直前まで震える手でペンを握っていたという。


――この病の謎を解くことが、僕の生きた証になるなら、僕はそれでいい。


その言葉が、母の胸に深く突き刺さった。


記事を閉じ、母はそっとページをめくった。

次に目に入ったのは、アイという名の少女の記事だった。


アイ。小さな頃から笑顔を絶やさず、三毛猫と共に人前に出ることを恐れなかった女の子。

「私は友達が欲しいの。普通に遊びたいの。」

そう語ったその子の写真には、はにかむような笑顔が残っていた。


けれど、社会は残酷だった。

公園で囁かれる声、避ける視線、幼い子どもたちの好奇の声と、大人たちの遠巻きの視線。

ついには学校での陰湿な言葉と、親たちの「あの子と遊んじゃダメ」の声に心が折れた。


最期の日。アイは日記に一行だけ残した。


――私は、普通になりたかっただけ。


雨の降る中の葬儀。

弔問に訪れた人々の多くは、その生前、彼女を遠ざけた人たちだった。

その光景を記した記者の言葉が、母の心に痛みを与えた。


――人は、守ると言って、守れなかった。


母はそっと記事を閉じ、暗い部屋の中、ユウトとミコの眠る顔を見つめた。

手が震えた。けれど、ミコの小さな喉の鳴る音が、祈りのように響いた。


(ユウト……あなたは奪わせない。あなたの命に、意味があると証明する。あなたなら……きっと未来を変えられる。)


涙が頬を伝い、母はただ静かに二人を抱き寄せた。

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