子守唄
家に戻った日から、母の時間はすべてユウトとミコの世話に注がれた。
夜も昼もなく、母は赤ん坊の小さな体と頭の三毛猫を見守った。
ミコの排泄パウチは一日に何度も交換が必要だった。
母は滅菌手袋をはめ、消毒液の匂いに包まれながら、細心の注意で作業を続けた。
「大丈夫、大丈夫……」
母はいつもそう呟き、ユウトの頬にそっと唇を寄せた。
けれど夜。ユウトとミコを寝かしつけた後、母はひとりで小さく震えた。
(あなたがいてくれたら……どんなに心強かっただろう……)
あの人は、本当に優しかった。
初めて出会った日の春の匂い。
「君の白い肌が、光って見えた」
そう言って笑った顔。
初めての子を授かったと知ったときの、あの喜びに満ちた瞳。
夜の散歩道で手を繋ぎ、ふたりで子供の名前を考えた時間。
流産をしたとき、抱きしめてくれたあの温かさ。
(あの人だって、怖かっただけなんだ……)
母はそっと涙を拭き、ミコの体温モニターの光を見つめた。
「あなたたちは、私が守る。」
その声はかすかだったが、決して折れなかった。
ミコへの給餌も、毎日の大切な儀式だった。
母は医師に指導された通り、小さなスプーンに高栄養の流動食ペーストをすくい、ミコの口元へと運んだ。
ミコは小さな舌でペーストをすくい、喉を鳴らした。
食べ終えると母は布で口元を丁寧に拭き、頭を優しく撫でた。
夜には、専用の保護枕と固定マットレスを使い、ユウトの頭が安定するよう細心の注意を払った。
そして毎晩、母は子守唄を歌った。
その声は時に咳に途切れ、震えた。
けれど、どんな夜も歌い終えるまで決して諦めなかった。
「大丈夫よ、ユウト……ミコ……」
母の瞳には、あの月の夜に誓った決意と、愛した人と過ごした日々の記憶が宿っていた。