誕生
産院の小さな産室には、白い光が冷たく降り注いでいた。
夜明け前の暗さが、窓の外に沈み、遠くで救急車のサイレンがかすかに響いた。
室内に漂うのは、消毒液の鋭い匂いと、汗と血が混じった微かな生臭さ。
助産師の指が震えているのが、白い手袋越しに見えた。
「もう少しですよ、深呼吸してください。」
医師の声が低く響く。
父は母の手を握り、顔を強張らせながらも、その目には光が宿っていた。
「大丈夫だ、もうすぐだ。ユウト……会えるな……」
優しく母の額の汗を拭い、産まれてくる命に微笑みを向けた。
母の額からは汗が滴り落ち、唇は青白く、全身が細かく震えていた。
(ユウト……大丈夫。生きて……)
心の中で何度も名前を呼んだ。
そして。
産声が、産室に響いた。
一瞬、時間が止まったようだった。
白く濡れた赤ん坊の頭から、三毛の毛並みが覗いていた。
助産師はその場に凍りつき、持っていた器具を落としそうになった。
指がわずかに震え、白い手袋越しにその緊張が伝わった。
医師は唇を固く結び、目を細め、ただ赤ん坊を見つめた。
三毛猫は、小さく鳴いた。
赤ん坊の頭に深く刺さるように癒合し、血に濡れたその姿は、異様でありながら、どこか神聖でもあった。
父の瞳の光が、音もなく消えた。
顔が引きつり、後ずさりし、壁に背をぶつけ、絞り出すように言った。
「……化け物だ……!」
そのまま踵を返し、ドアを叩き開け、駆け去った。
母は、声にならない声で泣き、赤ん坊を抱き寄せた。
「ユウト……私の、ユウト……」
血の匂いの中で、母は震える腕で小さな体を守った。
三毛猫は、かすかに喉を鳴らした。
まるでその命の鼓動が、母の鼓動と重なるようだった。