【学園モノ】【1話完結】スケッチブックと、さよなら
窓の外には、いつもと変わらない空があった。
春なのに、風はまだ少し冷たくて、
そのせいで僕は、彼女の髪が揺れるのを、よく覚えている。
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放課後の教室。
最後のHRが終わったあと、みんなが一斉に笑っていた。
「バイバイ!」とか「絶対遊ぼうね!」とか、
その全部が、ちょっと無理している声に聞こえて、僕は窓際で黙っていた。
そんなとき、彼女が声をかけてきた。
「…ねえ、ちょっとだけ付き合ってよ。屋上」
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彼女の名前は朝倉千紘。
同じクラスだったけど、そんなに話したことはない。
でも、彼女が絵を描くのが好きなのは、なんとなく知っていた。
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屋上は、風が強くて、ふたりきりだった。
「卒業って、思ったより、なんでもないんだね」
そう言って、彼女は空を見た。
制服の袖が揺れて、その手には小さなスケッチブック。
「これ、あげる」
差し出されたそれには、見覚えのある風景が描かれていた。
僕の、いつもの席。窓の向こうの景色。
そして、僕の後ろ姿。
「なんで…?」
「たぶん、私、ずっと見てたんだと思う。
理由は、自分でもよく分からない。
でも、なんか、静かで、きれいだったから」
僕は何も言えなかった。
ただ、ページをめくる指が、少しだけ震えていた。
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「じゃあね」
それだけ言って、彼女は行ってしまった。
最後まで名前を呼ばれることもなく、手も振られず。
僕は、何も言えなかったくせに、
スケッチブックを、今でも本棚の奥にしまってある。
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何年経っても、「さよなら」の言い方って、うまくならない。
でも、あのときの空の色だけは、今でもちゃんと覚えている。
お読みいただきありがとうございました!
当方は1話完結で楽しめるライトな小説を目指して作成しています。よろしければ評価よろしくお願いします!