第12話〜静かなる異変〜
討ち取った数は、すでに全体の半数を超えている。
押し切れる――そう思った、その矢先だった。
魔物たちの動きに、明らかな“変化”が現れ始めた。
これまでは誘導されるように突っ込んできた個体たちが、
次第に“力任せ”に、柵ごと押し切ろうとし始めたのだ。
バキッ。
乾いた音が響いた。
一本の防衛柵が、力任せにへし折られたのだ。
その魔物は、
まるで投石の合間を見計らったかのように身を沈め、
岩弾の届かぬ角度から、一直線に柵へと突っ込んできた。
そしてその背後から、同じように無理やり押し込む個体が、次々と現れる。
「やばい……っ!」
「押されてる! 食い止めろ、絶対に抜かせるな!」
焦りの声が飛ぶ。
防衛線はまだ保たれている。
だが、確実に“綻び”が出始めていた。
押し寄せる魔物の重みで、柵がしなり、ひび割れ、
ついに一角が崩される。
その瞬間――
「前に出ろ! タワーシールド隊、応戦だ!」
最後の砦、“タワーシールド隊”が前に出る。
村の力自慢たちが、鉄製の巨大な盾を構えて前へ。
突撃してきた魔物の爪が、盾に弾かれて火花を散らす。
「ぐッ……押されるな、踏ん張れぇッ!!」
防衛線が揺れる。
タワーシールド隊が耐える一方、
塔の2階から弓兵が狙い撃つ。
矢が突き刺さり、魔物の動きが鈍る。
すかさず盾兵が押し返し、ようやく一体を地に伏せさせる。
矢だけでは仕留めきれない――だが、それでも連携は機能していた。
タワーシールド隊が踏みとどまり、弓兵が支援する。
ギリギリの攻防だったが、防衛線はまだ“持っていた”。
(いける……まだ、いける……!)
そう思った矢先――違和感が走った。
視界の外、北東の森。
そこから、突如として高速で突っ込んでくる十体の反応。
(……ッ!?)
十本の赤い軌跡が、塔の真横をすり抜け、村の背後へと回り込む。
想定していなかった方向。
そこは自然の崖地で、普通の魔物なら回り込めない“はず”の場所だった。
「セリア、北東! 崖沿いの隘路だ!
十体、突っ込んできてる!しかも速い!」
俺の声に、すぐそばで地図を見ていたセリアが顔を上げる。
「……隘路、ですか?
私の布陣でも、そこは死角にしています。
本来なら侵入は困難な地形です。けれど……」
セリアの声が一瞬だけ途切れる。
彼女にとっても、想定外だったらしい。
「塔正面の突撃は、ただの囮だったのか……?
だとすれば、こっちが“本命”……まさか、策でも講じているのか?」
冷たい汗が背筋を伝う。
(馬鹿な。相手は魔物だ。
連携や判断なんて、あるはずが――)
脳裏をよぎるのは、迷いなく走る十体の動き。
あまりにも整然としていて、まるで戦場を理解しているかのようだった。
そんなはずはないと否定しかけたとき、隣から静かな声が届く。
「ルノス様、今は――それを考えても仕方ありません。
“来ている”という事実があるだけで、理由は後です」
セリアの言葉に、思考が引き戻される。
「……そうだな。今は止めることだけ考える」
俺はすぐに問いかけた。
「北東に出せる戦力は?」
「……一人だけ。前線を崩さず動かせるのは、それが限界です」
セリアの答えに、一瞬、胸の奥がざらついた。
誰かを動かせば、その誰かを――危険に晒すことになる。
けれど、それでも選ばなければならない。
今、あそこに立てるのは、ただひとりしかいない。
「……リリィを向かわせる」
セリアが、わずかに視線を動かす。
「弓の腕なら、彼女が一番だ。
狩人としての勘もある。動きを読む力も、判断もできる。
あの森で、俺たちを助けたときみたいに――きっと、応えてくれるはずだ」
そう言って、さらに言葉を重ねる。
「ただし、敵に接近はさせない。
裏手の丘から、動きを見て、撃てるなら撃たせる。
それ以上の無理は、絶対にさせない」
自分の中の迷いを、断ち切るように。
「戦力として、あの娘を信じてる。
けれどそれは、“任せて放り出す”って意味じゃない」
命じることと、見捨てることは、違う。
言い切ると、セリアは静かに頷いた。
「異論はありません。
彼女なら――届くはずです」
俺は、深く息を吸い込んだ。
焦る気持ちを押さえ込み、できるだけ冷静な声で叫ぶ。
「リリィ! リリィ、いるか!」
塔の最上階から声を張り上げると、二階の窓がばっと開いた。
そこから、弓を構えたまま、リリィが顔をのぞかせる。
その頬には汗が滲み、目元は緊張に強張っている。
けれど、しっかりとこちらを見上げていた。
「落ち着いて聞いてくれ!」
リリィの目が、緊張の中でわずかに揺れる。
「北東から、魔物が十体! 崖沿いの道を回って、この塔を目指して突っ込んできてる!
裏手の丘――あそこなら、やつらが通り過ぎる一瞬だけ、射程に入る!
リリィ、お前の弓で、少しでも足を止められれば、時間が稼げる!
いいか、丘の上から撃て! けして接近はするな!
敵の動きを見て、無理なら下がって構わない!
……頼んだぞ!」
一瞬だけ、リリィの目が揺れる。
それでも、彼女は小さく頷くと、矢を収めて塔を飛び出していった。
その背中が見えなくなっても、胸のざわつきは消えなかった。
迷った末に選び、信じて送り出したはずだった。
それでも――何ひとつ、解決してはいない。
脅威は目前に迫り、打つ手は尽きかけている。
焦りと不安が、喉の奥にこびりついたまま、離れてくれなかった。
◆◇◆ 次回更新のお知らせ ◆◇◆
第7話〜第13話を一気に投下します。
朝9:10スタート。
そこから1時間おきに、ぽつぽつと7話分。
日曜の朝、もしお時間あれば、のんびり覗いてやってください。
◆◇◆ 後書き ◆◇◆
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
どこかの柵がきしみ、
どこかの盾が火花を散らし、
どこかの青年が「どうする……どうする……!」と小声でループ中。
追いつめられた塔の上、見晴らしはいいけれど心境はドン底。
それでも、「誰かのせいにしない主人公」であり続けようとするルノスの姿、
少しでも響いていたら嬉しいです。
◆次回:崩れかけた秤の上で
彼はまだ慌てます。迷います。
何度も「どうすれば」と自問します。
でもきっと、
それでも、
**「それでも、俺がやるしかない」**という、
静かな意地が見えるはずです。
よろしければ、次回もお付き合いください!