プロローグ:紅蓮魔法学院〜黒き留学生と白き皇女〜
朝日が黄金色に輝きながら、ヴァロリア帝国の中心である帝都ヴァロリスにある紅蓮の学園の広大な敷地を照らしていた。
荘厳な尖塔に、光を受けて煌めくステンドグラスの窓。その姿は、力と伝統、そしてこの場所がいかに排他的かを物語っている。
僕――、コフィは、その門の前に立っていた。アザニアから来た異邦人の留学生として、この場所に招かれたのだ。ヴァロリア帝国とアザニア連合との間で交わされた前例のない交換留学プログラム。その一環として、この学園で学ぶことになった。
僕の肌は太陽に照らされて濃い褐色に輝き、この学園の濃い青色の制服に包まれてる女子生徒の肌色とは対照的のはず。だからだろう、門をくぐる前から、強い視線を感じていた。
見られているんだ......
いや、それ以上だ。小さな囁きが聞こえてきた。
「見て、あの人。ここで何してるの?」
「まさか……男? それに……肌が黒いわ。ううん、野蛮だわ」
「厩舎に迷い込んだんじゃない?」
それでも僕は、無視することにした。目を伏せず、まっすぐ前を見て歩いた。けれど、囁きはすぐに毒を帯び、やがて隠すこともなくなっていった。
気がつけば、十人ほどの令嬢たちに囲まれていた――!
皆、貴族の家紋が刺繍された制服を着ていて、その表情は好奇から敵意まで様々だ。
「まあ、まあ」と、金色の巻き毛を揺らした少女が前に出てきて、鼻で笑いながら言った。
「これはどういうことかしら? 迷い犬が聖域に入ってきたのかしら?」
僕は頭を軽く下げて、静かに、しかしはっきりと言った。
「僕はアザニアのコフィ。交換留学生として、この学園に招かれました」
その瞬間、笑い声が響いた。
「あ~ははは~ッ!学ぶ? ここで? 笑わせないで」
と別の少女が冷笑した。
「ここはあなたのようなゴミの居場所じゃないわ、野蛮人。さっさと泥の家と儀式の火に戻りなさいな」
(ぐッ)
拳を握りしめた。
けれど、反応することで彼女たちを満足させたくなかった。だから嫌々といった体で顔をしかめていても反論することなく、ただやめるよう手振りで示してるだけに留まる。
でも、この沈黙さえも、彼女たちには挑発に映ったらしい。
「ほら、無言よ。言葉が通じないんじゃない? それとも、唸り声で話してほしいのかしら?」
ド―――!
「―!?」
嘲笑が重なり、突如、誰かに押された。
バコ―――――!!
「うぐッ!?」
体がよろめいたその瞬間、背中に蹴りを感じ、僕は膝をついた。全身に痛みが走る。
(...い、痛いッ!)
「情けないわね...ぷッ!」と、誰かが唾を吐きかけてきた。
「こんな奴が学園に入る価値があるわけないでしょー、全くね~?」
「そうよねー?だから、こんなチョコ犬には、こうー、だッ!」
バコ――――!
「ぐあッ!」
さらに何人かが笑いながら僕を蹴り、押し続けた。
抵抗しようにも、数が多すぎた。涙が浮かんだが、必死に唇を噛みしめた。声を上げたくなかった。絶対に、彼女たちの思う壺にはならない。
でも、...限界だった。
バぎ――――――!!
「ひぎッ~~!?」
特に激しい蹴りが肋骨に当たった瞬間、嗚咽が漏れてしまった―――!
「うぐぅ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁあ、……もう、...やめてくれ……」
震える声が、自分の喉から漏れた。
その瞬間、彼女たちの笑い声がより高くなった。
「あ~~はははははッ!男の子なのに女の子みたいな鳴き声でよく泣いてくれるようにはなったわ~!情けないー!」
「本当に泣いた~! 泣いてますわ、おほッ! 弱いくせに偉そうだったものだから、ザマあー、ですわね~」
バコ――!バキ―――!ゴド―――!
「うぅぐッ~!えぐッ~!うわぁッ!」
彼女達の蹴りから身を守るため、僕は体を丸め、肩を震わせ、涙を流した。
この世界に来てから、こんなに無力で孤独に感じたことはなかった...
もう、ダメかもしれない――そう思った時に!
「やめなさい!」
鋭くも威厳のある声が空気を切り裂いた。令嬢たちが凍りつく。
声の主は、学園の庭の端に立っていた。長いウェブ型の銀髪、凛とした真っ赤な瞳。
赤い色の制服を着てるのは、それが彼女自分自身が学院のトップ5成績を誇る証拠だと読んだことあるからー!
その容姿、確かに本の似顔絵で見たことある、ヴァロリア帝国の皇女、ベレニース・フォン・ヴァロリアだ――――!!
「何をしているのー?」
彼女は冷たい声で言った。
「これが帝国の令嬢たちの姿? まるでただのならず者ね」
誰も反論できなかった。
「だ、だって……」
「言い訳は要らない。今すぐ消えなさい。次にこんなことをしたら、余に直接説明してもらうわ!」
彼女たちは一目散に逃げ出していった。ベレニースは僕の方に向き直り、心配した顔でそっと寄り添ってくれた。
「大丈夫ー?」
彼女の声は、今は優しかった。
涙で滲んだ視界の中で、僕は彼女を見上げた。
「……わからない」
彼女は何も言わず、僕を支えて医務室へ連れていってくれた。手際よく薬を塗り、包帯を巻いてくれた。その温かさに、僕は胸が詰まった。
治療が終わると、彼女は僕の肩にそっと手を置いて、言った。
「こんな目に遭わせてしまって、本当にごめんなさい。君は、そんな扱いを受けるような人じゃない」
僕は首を振り、かすれた声で呟いた。
「ただ……なぜ、ここまで憎まれるのか、それが……わからないんです」
彼女は遠い目をして、小さくため息をついた。
「恐れと無知、そして傲慢よ。君が『違う』から、彼女たちは怯えているの。でも、コフィ、君はもう一人じゃない。余は、君を守るから」
その言葉に、胸が熱くなった。彼女は一瞬躊躇したあと、僕をそっと抱きしめてくれた。そっと軽くて、スキンシップよりも姉が弟にしたようなものだが、何故かそれで急に胸や頬が熱くなってしまうんだ!
それに、...最初は戸惑ったけれど、その温もりが、壊れかけていた僕の心を包んでくれた。
「……ありがとう」
と、僕は震える声で囁いた。
「どういたしまして」
と彼女は微笑んで、僕の背中を撫でてくれた。
「忘れないで、君は自分が思っているより強い。彼女たちの残酷さで、自分を定義しちゃダメ」
夕日が空を染める中、僕は少しだけ希望を感じていた。この敵意に満ちた世界で、味方ができた気がした――!僕を異邦人としてではなく、一人の人間として見てくれる皇女が。
そして、初めて僕は思った。
――僕にも、ここで居場所があるのかもしれない、と......