09.ブルーの対抗心
(成長したね!いや、学習かな?)
ユノはブルーの姿にしみじみしていたが、他の二人は様子が異なるようである。
レオンはユノとブルーの様子を慎重に観察し、親しげではあるがどうやら男女の関係では無いようだ。(そう信じたかっただけなのかは分からない。)
いずれにせよ世話好きのユノらしいことだとは思ったが、若い男を家に入れるのはさすがに無防備すぎると危機感を抱いていた。
ブルーはブルーで、テリトリーに侵入してきた“異物”に警戒モードなのか、緊張感が漂っている。
そんな二人の様子に気づかないらしいユノは、のんきに構えている。
「レオンがこっちまで来るなんて珍しいね」
「うん、しばらく外国に出ててね。ユノにお土産を買ってきたから渡したくて」
だがそう言いつつ、ブルーの方をチラリとうかがうと、レオンは少しためらうような素振りを見せた。
やがて仕方ないというように、持ってきたいくつかの包みの中から一つを取り出すとユノに手渡した。
「これ、美味しいって聞いたから。日持ちもするって言ってたから食べてみて。
…良かったら君もどうぞ」
やや不本意ではあるが、育ちがいいレオンはブルーにも声をかけずにはいられない。
そのとき、薄曇りの空からパラパラと雨が落ちてきた。
「ごめん!洗濯物!」
慌ててユノが取り込みに行ってしまったため、男二人がその場に残された。
「「………」」
ユノという共通点がいなくなってしまった二人は黙り込んでしまった。
沈黙を破ったのはレオン。
「良かったらうちで仕事や住む場所を手配しよう。ユノは優しいから勘違いしてしまったのかもしれないが、誰にでも親切にしてしまうんだよ。
しかし、若い男女が同じ家で暮らしていればあらぬ誤解を受けてしまう」
「ありがとう。しかし、私は作業小屋で過ごしていますし、現状に特に問題はありませんよ。それに誤解されても…」
ブルーが言いかけたところで、ユノが戻ってきた。
本当は外遊先で買った別の物を贈るのがメインの目的だったのだが、すっかり気勢が削がれてしまったし、そもそもブルーがいる前で渡す訳にもいかない。
「雨脚が強くなりそうだからまた来るね。ユノの顔が見れて嬉しかった」
そう言ってレオンは微笑む。
「ごめんね。せっかく来てくれたのにあんまりお話出来なくて。うちの傘持って行ってね」
そうしてレオンは、ポケットに入れた小さな箱を指で撫でながら来た道を帰っていった。
***
「レオンとは何を話してたの?案外盛り上がってたみたい」
「別に。大したことない話だよ」
「ふーん。そう言えば!ブルーのフルネーム始めて聞いた。ちゃんと設定されてるんだね」
そう言われて初めて、ブルーは自分が無意識にフルネームを名乗ってしまったことに気づいた。
最近は接する機会の無かった貴族階級の人間に接して、昔の動きが自然と出てしまったのかもしれない。
「ブルーはあそこに捨てられる前、どういうお家で暮らしてたの?」
「……守秘義務がプログラムされてるから過去のことは話せない」
「ふーん」
ロボット相手にあり得ないのかもしれないが、最近は距離が近づいていたと思っていたユノは、返答を機械的に拒否されたことに改めてショックを覚えた。
その気持ちがどういう種類のものなのかはユノ自身にも分かっていないが、何か特別なものであることは何となく分かった。
ブルーもまた、彼女に好意的な行動を取るが、人間社会で上手く稼働できるように、身近な人間には好意を示すようプログラムされているだけなのだろうか。
***
レオンはせっかく会えたユノとゆっくり話すことが出来なかったことを残念に思いながら帰路を辿った。
それと同時に、ブルーノ・グレイナーと言う名に明らかな引っかかりを覚えていた。
(どこかで聞いた名だ。)
(あれは確か…)
***
一方、ブルーも自分の行動に戸惑いを隠せなかった。
(とうに捨てたはずの家名を名乗ってしまうなど…)
かつて過ごしたグレイナー家のことは、忘れたはずだった。
ユノに明らかに好意を抱いている青年を見て、家名と共に捨てた感情まで蘇ってきたとでも言うのだろうか。
(それにしてもユノはあいつの気持ちには全く気づいて無さそうだったな。人ごとながら気の毒なことだ。ユノも何故か俺のことをロボットだと紹介しなかったから、今頃気が気では無いだろう。)
ブルーが微かに口の端を上げたことに、ユノは気づかなかった。
二人とも家事は何でもやりますが、洗濯物の取り込みはプライベートなものなので紳士達はあえて手を出しません。