08.成長
──俺がロボットでも好きになってくれる?
ブルーの言葉が、夜の草原にそっと落ちる。
ユノは、彼の横顔をじっと見つめた。
アイスブルーの瞳が、今はどこか揺れて見えた。
ユノは小さく息を吸い込んだ。
「……好きだよ。ロボットでも。だって、ブルーはブルーだもん」
自分の声もまた、少し震えているようだった。
でもブルーを見ていると、自然と心が落ち着いてくる。
(ロボットでも人間でも関係無い。ブルーが好き。)
一度口に出すとそれは驚くほどしっくり来た。
この“好き”がどういうものかユノ自身にも分からないけど、この温かい気持ちは間違いなく自分の中にある。
ブルーは何も言わなかった。
胸がぎゅっと痛んだ。
好きという気持ちは本当なのに、"ロボット"という言葉がユノを現実に引き戻す。
考えないようにしてきた疑問や不安が、嵐のように押し寄せてくる。
***
「最近ユノのところにえらいキレイな兄ちゃんが住み着いたらしいな」
領主の子息レオン・ヴァルハルトは、そんな言葉を聞いて手にしていたフォークを落としかけた。
父の領地に戻って真っ先にユノに会いに行こうとしていた途中に、久しぶりに寄った庶民向けの食堂でのことだ。
店主と常連らしき男性の会話が耳に入り、父の外遊に帯同し街を離れていたことをレオンは後悔した。
「おう、ブルーのことだな。じいさんが死んでからはユノは一人だったからなぁ。あいつはよそ者だがまあいい奴だよ」
どういうことかと彼らを問い質すと、ユノのところに怪しい青年が居着いているらしい。
怪しいというのはレオンの主観だが。
レオンは目の前の食事を貴族らしからぬ早さでかき込むと、慌ててユノの家に向かった。
***
レオンが街外れのユノの家に着いた時、畑仕事や洗濯を終えたらしいユノは、木陰にひとり座り休憩を取っているようだった。
遠目にこちらに気づいたらしい彼女がこちらに大きく手を振る。
「あーレオンだ。久しぶり。最近見ないなってちょっと心配してたの。元気にしてた?」
いつもと変わらないユノの笑顔に、レオンはほっとする。
「うん。父上の外遊に同行してたんだよ。」
(やっぱり店主の勘違いだったか。良かった…)
貴族のレオンと平民であるユノは本来接点は無いのだが、レオンは街によく顔を出していた。
レオンは気取らず育ちのいい好青年で、街の女性達からも人気が高い。
次期領主の妻の座、とまで高望みせずとも、少しでもお近づきになりたい女性は多かった。
ユノにはそう言った意味での下心は無いが、祖父と孫の街外れの二人暮らしを何かと気づかって、気安く話してくれるレオンには信頼を寄せていた。
一方で、レオンは出会った頃からユノに淡い恋心を抱いていたものの、身分差などを気にして行動に移すことはしてこなかった。
しかし、最近花開くように美しくなったユノに対し、周りの男たちの態度が変わり始めたことに焦りを感じていた。
領主である父親にレオン必死の交渉を行い、今回の外遊で相応の成果を出せば、ユノとのことも考えるということになっていたのだった。
そしてその成果と言えば、限られた国相手にしか門戸を開いていなかった要衝の島国から交渉の場につく約束を取り付ることに成功したのであった。
そして晴れてユノに会いに来る途中で、不穏な噂を耳にしたのである。
「ユノ。いま時間あるかな?」
「うん。ちょうど畑仕事も一段落したところだよ」
「あの────
レオンが要件を告げようとしたところに、ユノの家から背の高い青年が姿を現した。
「ユノ、お客さん?」
「うん」
銀髪の青年はユノより少し年上、街からやってきた青年はユノと同じくらいの年の頃か。
ユノは二人の青年の間に立ち、少し改まってそれぞれを紹介する。
「こちらは今うちで同居してるブルーと言います。
こちら領主のご子息のレオン・ヴァルハルト様」
「ブルーノ・グレイナーです。よろしく」
レオンはかろうじて『よろしく』と短く返したが、次の言葉が出てこなかった。
(ユノの家から出てきた!?)
「………ユノとはどういう?」
レオンがやっと言葉を絞り出すと、その美しい青年は答えた。
「私が怪我をして動けなくなったところを、ユノに助けてもらったんです。帰る家も無いのでユノにそのまま置いてもらって」
そう言って、その青年は美しく優雅に微笑んで手を差し出した。
(おおっ。何だかいつもより眩しさが増してない?しかもブルーが人に握手を求めるところなんて初めて見た!成長したね!)