07.祭りのあと
ユノがブルーを拾って数か月が経とうとしていた。
まだ上着が要らない日もあるが、少しずつ肌寒い日も増えてきた。
ブルーは街にもすっかり馴染み、声をかけられることも少なくない。
『ブルー、エレンはどうした?誘うって言ってたが。まあお前はユノのことしか見ていないからなあ』
出店に夢中になっている間に、ブルーがそんなことを言われていたことにはユノは気づかなかったが。
ともあれ、戦争が終わってやっと、人々はこうした祭りを楽しめるようになった。
この街は首都から距離があるために、平時には物や情報が入りにくいデメリットが、戦時下に大きな被害を受けないという方向に作用したのは不幸中の幸いでもあった。
普段昼間にしか来ない街が夕方から夜に変わる景色と、様々な出店をユノは楽しんだ。
ブルーの方も、いつもと違う街の様子を興味深そうに観察しつつ、ユノと過ごす時間を楽しんでいるように見えた。
珍しくユノは、フルーツとスパイスが入ったホットワインを買った。
「ブルー、アルコールは?錆びちゃったりする?」
「飲めないことは無いけど、最近はそういう機会は無いね」
***
祭りの帰り、二人は少し遠回りして街から少し離れた丘に来ていた。
ユノの両親が生きていたころ、たまに連れてきてもらった思い出の場所だ。
戦争が終わって平和になったとは言え、女性のひとり歩きはやはり心もとなく、祖父が亡くなってからは久しく訪れていなかった場所だった。
「今日は付き合ってくれてありがとう」
ユノはホットワインで紅潮した顔でブルーに伝える。
「ここからは街が一望出来るの。戦争が終わったころは灯りも少なかったけど、だんだん増えてきて…見てるとなんだかほっとする。これをブルーにも見せたかったの」
ユノとブルーは、小高い丘の上に並んで座った。
街の賑わいもここまでは届かず灯りもまだまばらで、風だけが静かに吹き抜けていく。
まるで世界に二人きりになったみたいだった。
ユノは、隣に座るブルーの横顔を見つめていた。
夕暮れのオレンジが、ブルーの美しい銀髪を照らしている。
「ねえ、ブルー」
ユノはぽつりと呟いた。
ブルーは少しずつ増えていく街の灯りを見ている。
「ん?」
「ロボットは……人を好きになること、あるのかな」
ブルーはゆっくりと視線を手元に下ろした。
「どうして?」
ユノはブルーから視線を外し、膝を抱えた。
「もしそんなことがあるなら寂しくないかもって。人とロボットって違うモノだから、ずっと一緒にはいられないのかなって思ってた。でも、もしロボットにもそういう”心”があるなら、ずっと一緒にいられるのかなって……」
ブルーは少しの間、黙っていた。
風が二人の間を通り抜ける。やがて、静かに口を開く。
「ロボットにも心があるのか分からないけど──いや、たとえ心が無かったとしても、人を大切に思うプログラムがあるなら、それはもう好きってことなのかもね」
「……そうなのかな?」
「俺にはよく分からないけど、人間だって誰かを好きになる理由を全部説明できるわけじゃないでしょ?それと同じようなもんじゃないの」
ブルーはそう言うと、まっすぐにユノの瞳を見据えた。
いつも通り無表情なはずなのに、ブルーの瞳には感情が宿っているように見えた。
「ブルーはどうなの?」
ユノは思わず口から出た言葉に慌てたが、一度声にしたものは取り消せない。
ブルーは慌てるユノを気にするでもなく、ゆっくりユノから視線を外して考えるような様子を見せる。
「俺? どうだろうね」
ユノの心臓がその意志とは関係なくドキンと高鳴る。
沈黙が落ちた。
やがて、ブルーがぽつりとつぶやいた。
「……なあ、ユノ」
ブルーは、自分に問いかけるようにゆっくりと言葉を紡いだ。
「じゃあユノは俺がロボットでも……好きになってくれる?」
その声には、いつもの無機質な冷静さとは違って、わずかな震えがあるように聞こえた。
ユノは驚いて彼を見た。
ブルーがそんな曖昧で仮定の話を口にするのは初めてだった。