03.ロボットとの暮らし
(昔はぬいぐるみを抱っこして寝てたけど、さすがにあれは一緒に寝る人形としては大き過ぎるもんね)
埃で壊れるのかよく分からないものの、しばらく使っていない小屋をそのまま使わせるのは気が引ける。
祖父は小屋で寝泊まりすることもあったから簡単なベッドもある。
ブルーは気にしなそうだったが、シーツを一応新しい物に取り替えたりして、彼は正式にユノの新しい隣人となった。
***
「このくらいなら直せる。道具はあるか?」
祖父が亡くなった後に壊れて以来、使えなくなったランタンを見たブルーが言った。
「おじいちゃんが使っていた道具ならあるけど…」
不安げに見つめるユノを尻目に、ブルーは手際よくランタンの蓋を外していく。
中を少しいじると今度は逆の手順で蓋を取り付けた。
そしてブルーがスイッチを入れると、淡い光が灯った。
「!」
「おじいちゃん…」
祖父と暮らしていた頃の思い出が一気によみがえり、ユノは気づくと泣いていた。
「配線が切れていただけだ。日に当てておけばもっと明るくなるはずだ」
ブルーは相変わらず抑揚の無い声でそう言うと、小屋へ戻っていった。
***
祖父は、ユノがこれから機械の仕事を覚えていこうとしていた矢先、あっけなく死んでしまった。
ブルーがいつまでここにいるのかよく分からないし、そのうちブルー自身が壊れてしまうかもしれない。
そうしたらユノはまた一人だ。
(私も街に出て仕事を探さなきゃ。)
──壊れてしまうかも。
不意に浮かんだ考えに、ユノの胸がチクリと痛んだ。
昔一緒に寝ていたぬいぐるみのように、共に過ごすうち、愛着が湧き始めてしまったのかもしれない。
ブルーはこれまでの雇い主や自分のことはほとんど話さなかったが、ユノの話は黙って聞いてくれた。
あまりに黙っているから理解していないのかとも思ったが、だんだん相鎚を打ってくれるようになり、やがて会話も少し続くようになった。
相手の特性を分析して適応するプログラムが入っているのだろう。
拾われてしばらくは、小屋の雨漏りを直してくれたり、畑を拡げたり、ユノひとりでは手が回らなかったところを手伝ったりしてくれた。
ひと通りやり終えた最近は、フラリとどこかに出かけたかと思えば、部屋に籠もってしばらく出てこなかったり、好きに動いているようだ。
***
ユノとブルーが初めて共に街へ出たのは、青空が広がり爽やかな風が吹く気持ちのよい日だった。
珍しくブルーが着いて来たいと言うので、それならばと連れ立って街にやって来た。
街は柔らかい陽射しに包まれていた。
広場の通りでは市場が開かれ、色とりどりの果物や雑貨が屋台に並んでいる。
街の雰囲気を楽しみつつ、必要な物を買っていく。
「ねえ、ブルー。あの店今日だけ半額だって!」
ユノはそんなことを言いながら先を歩く。
その少し後ろを、ブルーが足音を立てずについてくる。
道の向こう側で、荷物を落としてしゃがみ込む若い母親の姿が目に入った。
手を引いていた小さな子どもがぐずり、母親は明らかに手いっぱいの様子だった。
ユノが反応するより早く、ブルーは動いていた。
散らばった果物や野菜を一つ一つ拾い集める。そして丁寧に紙袋に戻すと、無言で差し出した。
女性は一瞬きょとんとした顔をして、それから袋を受け取った。
「ありがとう。助かったわ」
ブルーは言葉は発せず軽く頭を下げ、すぐにユノの元へ戻った。
「……もうブルー。『どうぞ』とか『どういたしまして』とか言わなきゃ。びっくりしちゃうよ」
「……」
ブルーは小さく首をかしげるような仕草を見せた。まるで、「なぜ?」と問いかけているようだった。
ユノは無表情のままの彼を見て、小さく笑った。
「いいことをしたんだけどね。ただ……いきなり目の前に突き出されてもびっくりしちゃう。次は何か一言付け足すといいかもね」
ブルーは数秒、黙ったまま考えるように視線を落とす。
やがて、短く頷いた。
「了解。以後はそのようにする」
「よろしくね。あとは道具屋のザットンさんのところに寄って帰ろう」
ザットンはかなりの高齢だが目利きの道具屋だ。
祖父の旧い友人でもあり、ユノが幼い頃から可愛がってもらっている。
小屋を片付けた時に、売りそびれていた修理済みの道具が見つかったので、挨拶がてら店に顔を出すことにしたのだった。
「これはまた珍しい」
「久しぶり。元気にしてた?」
孫と祖父のような二人は、再会と互いの無事を喜び合う。
「ところでそちらさんは?」
「……あのね。驚かないでね。ロボットを拾ったの。最初は、配線が飛び出てぼろぼろだったのよ」
「ほぉそりゃまた珍しい」
無遠慮な視線でブルーを検める。
「ブルーだ。以後よろしく頼む」
老店主は何を思っているのか、店を出る二人をどこか複雑な表情で見送った。