02.棄てられたロボット
ユノは今日も、街外れの金属廃棄場を歩いていた。
廃棄された機械たちは黙って転がっているだけ。
しばらく続いた戦争のせいで技術が途絶えてしまい、壊れた機械はどんなに高価なものであっても棄てるしか無かった。
錆びた腕、土に半分埋もれた胴体。
そんな中で、昨日は無かったモノが新しく棄てられているのがユノの目に留まった。
人型のロボットのようだ。
全身を覆うマントから覗いている右腕部分の皮膚のようなものは破れ、配線がむき出しになっている。
そのロボットは、まるで彫刻のようにただそこに横たわっていた。
フードを目深に被っていて顔はよく見えないが、どこまでも透明なアイスブルーの瞳は、何も映していないように見えた。
「君も壊れて棄てられたの?」
返されるはずのない問いを投げかける。
しかし、音に反応したのかその瞳をゆっくりとこちらに向けた。
驚いたユノが
「……君、“生きてる”の?」
「………」
ロボットは応えず、ただこちらを見上げている。
ユノはそっと手を伸ばす。
やはりまだ完全に機能を停止した訳では無いらしい。
稼働の証拠に、その機体はまだ熱を発生させていた。
「自分で歩ける?」
ユノはまだ動くそのロボットを捨てておけず、今は一人で住む家に連れて帰った。
よくある労働用ロボットだと思っていたそれのマントを脱がせ、汚れを落としてやると、この世の者とは思えない美しいロボットが現れた。
彼を設計した技術者は、とんでもない芸術の才能の持ち主でもあったに違いない。
小さい頃、どこかのお屋敷で見た人形より完璧な造形だった。
普段ユノは、亡くなった祖父が使っていた壊れかけの椅子を騙し騙し使っているが、重たい機械のロボットを乗せたら壊れそうなので、ベッドの端に座らせた。
ベッドに上半身を横たえ、目を閉じて動かなくなってしまった。
(エネルギーが切れたのかな?そう言えば高性能なロボットは特別な燃料が要らない代わりに、太陽が出ていないと動けないって。ウチにあるランタンと同じ仕組みね。)
見た目は人間にしか思えない“ソレ”を床に転がしておくには忍びなく、ユノはそのまま自分の小さなベッドを明け渡した。
寝支度を素早く整え、ベッドのわずかに残されたスペースに体を横たえた。
(ロボット、また動くかな……)
ユノは目を閉じると、あっという間に眠りについた。
***
翌朝、いつもより少し遅い時間になって目を覚ましたとき、ロボットはすでにいなくなっていた。
(持ち主の元に帰ったのかな)
ユノの住む家は街の外れの、金属廃棄場からそう遠くないところにある。
亡くなった祖父は、金属廃棄場から壊れた機械を拾ってきては修理し、それを売って生計を立てていた。
と言っても複雑過ぎるものは扱えず、仮に知識があったとしても、もはや部品が手に入らないだろう。
祖父が直せたのは比較的簡単な作りの機械に限られたが、それでもそれが出来る人間はほとんどおらず、ユノにある程度の蓄えを残してくれる程度には上手くいっていた。
ロボットがいなくなったことを少し寂しく思いながらドアを開けて外に出ると、何かの廃材を手にしたロボットが立っていた。
「おはよう」
思わずユノは声をかける。
ロボットは答えない。
「何してるの?」
「…椅子を作ろうと…」
(喋った!喋れるんだ!)
「フフフフ。拾われたロボットが廃材を拾ってくるなんて」
明るい光の下で改めてそのロボットを見ると、銀色の髪はシルクのように滑らかで、光を受けてどこか冷たい輝きを放っていた。
その瞳は薄氷に映る青空のような不思議な透明感を持っていた。しかし瞳の奥はどこか空虚で、ユノの心を締め付けた。
外見は人間そっくりなのに、完璧過ぎる美しさのせいか無機質で、動きもぎこちないように見えた。
***
「私、ロボットと話すのは初めてなんだけど、名前とかあるの?話せる?」
廃棄場で日々、かつてロボットだった者達を見ていたユノだが、実は動いている人型のロボットを見たことは無かった。
「……以前はブルーと呼ばれていた」
ロボットらしい、抑揚のない声で答える。
(ブルー…確かにガラス玉みたいなキレイな青の瞳だもんね)
ふとロボットの右腕を見ると、昨日廃棄場で見た時に飛び出していた配線はどこにも無く、皮膚のようなものはすっかりキレイになっていた。
まるでそこに配線など通ってないかのように滑らかな肌で、昨日皮膚が破れ配線がちぎれて飛び出しているのを見ていなかったら、ロボットだなんて絶対に信じなかっただろう。
高性能なロボットだと、皮膚にも自己修復機能があると聞いたことがある。
(あの状態から一晩で完璧に修復できるなんて…喋り方はぎこちないけど動きもまるで人間みたいだし、どこかのお金持ちの屋敷で働いてたのかな。あの状態から直ると知らずに捨てちゃったのかも)
***
ユノが住んでいる家の周りには他の家は無く、金属廃棄場の辺りも人気が無い。
本来なら、危険なことが起きないとは限らないような場所だ。
ただ、棄てられた機械の中には人間の形を模した物もたくさんあり、それがいつまでも朽ちないものだから、不気味がって近づく者はほとんどいなかった。
それでもユノがいつまでも一人で暮らし続けるには難しい場所だった。
(新しい家が見つかるまでの間なら…)
「帰るところはあるの?」
「…………」
「じゃあとりあえず家にいる?おじいちゃんの作業小屋を使ったらいいよ」
──そうしてロボットと人間の共同生活が始まった。