第6話『報告と評価』
翌朝。
第五航空部隊・戦術司令室では、数名の士官たちがモニターを囲んでいた。
「これが……鳴瀬隼也の観測報告か?」
端末に表示されたのは、昨日の戦術演習について記された詳細なレポート。
だが、それは単なる訓練記録ではなかった。
「パイロット目線での空間認識。機動の意図、回避の選択肢……これ、ただの訓練生の視点じゃないな」
「どこまで理論に落とし込めてるかは未熟だが、現場の“空気”を掴む嗅覚はある。実戦経験がなくてこれなら──」
「……扱いづらいが、捨てるには惜しいな」
ざわつく空気の中、司令官・石動大佐は一人、無言で報告書を読み進めていた。
やがて、椅子に背を預けて言った。
「──記録しておけ。戦術候補生・鳴瀬隼也、再評価対象に準ず」
その一言が、静かに流れを変えていった。
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格納庫の片隅。
鳴瀬は整備用端末を前に、澪と向き合っていた。
「……で、これがその報告書のコピー?」
澪が覗き込むと、画面には無数の注釈とコメントが散りばめられていた。
「完璧とは言わない。でも、あれがどれだけヤバい相手か、書かないといけない気がして」
「そう思えるってことは、ちゃんと見えてたってことじゃない?」
そう言って、澪は小さく笑った。
「評価されたって、まだ正式じゃない。でも、真壁さんが読んだって聞いた」
鳴瀬の手が止まる。
「……あの人、何か言ってた?」
「『変わりたいと思ってる奴は、放っておいても変わっていく』って。別に誰のこととは言ってなかったけど」
「……わかりやすいな、あの人」
鳴瀬は苦笑しながら、深く息を吐いた。
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その頃、整備本部の一角では、澪が別の申請書類と格闘していた。
「この部品、互換性あるかもしれない。前時代のF-14Dなら……うん、合う」
手元のリストには、世界各地から届きつつある旧式機のストック品が並んでいた。
「“壊れた未来”に、過去が希望を残してるなんてね……」
呟いた言葉は、誰に向けたものでもなかった。
だがその目には、確かな意志の光が宿っていた。
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訓練ブリーフィングルーム。
鳴瀬は報告書の最終提出に向けて、指導官との面談に呼ばれていた。
「よく書いたな。文章は粗いが、核心を突いてる。お前の視点にしか書けない内容だ」
そう言ったのは、真壁だった。
「ありがとうございます……でも、俺、あの日、何もできなかった」
「だからだ。何もできなかった奴の視点が、一番リアルだ。戦場は、綺麗事だけじゃ語れない」
「……また、飛べますかね」
その問いに、真壁は少し間を置いて言った。
「“また”じゃない。お前が“どう飛ぶか”だ。許可が出たとき、その答えを見せろ」
鳴瀬は、黙って頷いた。
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その夜。
司令部に緊急通信が入る。
《敵反応、再接近中。太平洋上にて高エネルギーシグナル複数──規模不明》
通信室の中に緊張が走る。
「また来るのか……間隔が早い……!」
オペレーターたちが次々と警報を発し、各部隊へ情報が伝達される。
格納庫にいた澪は、その報せに顔を上げた。
鳴瀬もまた、遠くの空を見つめていた。
何かが、動き出していた。