第5話『観測者の目』
朝霧の中、訓練区域に隣接する管制棟の一角に、鳴瀬隼也の姿があった。
飛行停止処分中の彼に与えられた任務──それは“観測者”としての参加。
戦術演習の映像を確認し、記録と分析を行うというものだった。
「記録係……ね。飛ぶこともできねぇのに、何を見ろってんだ」
ぼやきつつも、与えられた席に腰を下ろす。
目の前には大型モニター。そこには、滑走準備中の編隊が映っていた。
《ヴァルキリー編隊、離陸を開始。リーダー機、真壁颯士。》
鳴瀬の眼差しが鋭くなる。
(真壁さん……あの人の飛び方、今度こそちゃんと見てやる)
モニター越しに見るそれは、まるで別世界だった。
機体の動きは一分の狂いもなく、ターンひとつ、角度ひとつに無駄がない。
しかも、敵を想定したターゲットとの交戦においても──
誰よりも早く察知し、誰よりも速く対応し、誰よりも正確に撃ち抜く。
「……化けもんかよ」
思わず声が漏れる。
録画された他の訓練飛行と比較しても、彼の挙動は桁違いだった。
まるで機体と意思を共有しているかのようだった。
モニターの奥で、ヴァルキリー1が高速旋回から一撃離脱を決める。
──その瞬間、鳴瀬は立ち上がっていた。
「……同じ空を飛んでた、だと? 本当に?」
拳が震えていた。
羨望か、悔しさか。
あるいは、自分がその域に届かないという、恐れか。
「こいつが……“今の空”のトップかよ……」
訓練が終わる頃、鳴瀬は席に戻り、端末に報告書を書き始めた。
言われた通り、戦術的な観点での演習記録と、個人的な観測視点を交えて。
だが、指が止まる。
(俺は、何を見た? 何を感じた?)
打ち込まれた文字が、静かに消されていく。
彼はゼロから書き直した。
事実だけでなく、自分が感じた“差”も、“疑問”も、“痛み”も──すべて、嘘偽りなく。
⸻
格納庫第21保管庫。
澪はF-14の整備用パネルを確認していた。
手元にあるのは、各国から届いた部品の互換リスト。
「あとは、油圧系と姿勢制御のユニット……でも、これはもう……」
肩を落としながら、澪はペンで紙に斜線を引いた。
そのとき、後ろから静かな足音。
「お前、またここにいたのか」
鳴瀬の声だった。
「こっちのセリフ。訓練の観測、終わったんじゃないの?」
「終わったよ。……すげぇもん、見せられた」
その言葉に、澪はわずかに眉を上げた。
「真壁さん、やっぱすごかった?」
「あぁ。俺が空飛んでたのが恥ずかしくなるくらいにな」
「……そう。けど、じゃあもうやめる?」
その言葉に、鳴瀬は首を振った。
「違う。“ああなれない”とは思ってない。“あれに届くまでに、どれだけやるか”だ」
その言葉に、澪は何も言わず、少しだけ頬を緩めた。
ふたりの間を、夕方のオレンジが静かに照らしていた。