第4話『再起の条件』
翌朝。
鳴瀬はなんとなく足を向けてしまった“第21保管庫”の前で立ち止まった。
(……またここかよ)
扉を開けると、澪の姿があった。
作業着の袖をまくり、油に汚れた指で何かを磨いている。
「……早いな」
声をかけると、澪は手を止めずに言った。
「昨日のままだと気持ち悪いから。ついでに潰れたパーツの選別」
「飛行停止中でも、ここに来ていいのか?」
「別にダメって言われてない。少なくとも、ここにいる誰かの邪魔にはなってないから」
どこか刺のある言い方だったが、それが鳴瀬には逆に心地よかった。
「……お前、俺に何か言いたいことあるか?」
工具を置いて、澪がこちらを見た。
その瞳は冷たくも優しくもなく、ただ真っ直ぐだった。
「……ないよ。ただ、生きて戻っただけでも、立派なんじゃない?」
鳴瀬は驚いたように眉を上げる。
「誰もそう思っちゃいねぇよ」
「私が言ってる。ひとりでも言えば、ゼロじゃない」
その一言に、なぜか胸の奥が少しだけ、軽くなった気がした。
⸻
同じ頃、司令部内の会議室。
作戦司令官の石動大佐が、作戦記録の端末を見つめていた。
「敵機の機動は、現在のセンサーでは補足不能……被撃墜率は87%以上。もはや最新鋭機の意味がない」
隣に立つのは、真壁颯士。
彼は沈黙を保ったまま、大佐の言葉を聞いていた。
「鳴瀬の処分は妥当だ。しかし──」
石動は指先で画面を送る。
「彼は“逃げた”のではなく、“生き延びた”。それは戦術的には評価されるべき結果だ」
「……なら、処分を撤回しますか?」
「違う。すぐに戻すべきではない。ただし、訓練に“観測者”として参加させろ。真壁、お前の裁量でいい」
「了解しました」
⸻
夕暮れ。
鳴瀬が寮へ戻ろうとすると、背後から声が飛んできた。
「おい、鳴瀬!」
振り返ると、真壁が立っていた。
「明日から戦術演習が再開される。お前は……見学者として参加しろ」
「……見てろ、ってことですか」
「見て、学べ。そして、考えろ。命令だ」
「了解です」
素直に答えた鳴瀬を、真壁は少し意外そうに見た。
「生き残ったからには、理由がある。その意味を、探せ」
真壁はそれだけ言い残し、去っていった。
⸻
その夜。
第21保管庫のさらに奥。
澪は埃を払うようにして、一機の旧型機の機体を磨いていた。
どこか懐かしい輪郭。
近代的なデザインとは一線を画す、古き戦闘機の姿。
──F-14 トムキャット。
まだ、名前を知る者はほとんどいない。
けれど澪の手は、まるでそれが“いつか必要になる”と信じているかのように、丁寧に動いていた。
その様子を、扉の陰から鳴瀬が静かに見つめていた。
何も言わず。
ただ、その姿を、焼き付けるように。