第3話『静かなる帰還』
格納庫に、誰の声もなかった。
爆音と炎に包まれた空から、たった一機だけ戻った鳴瀬隼也は、沈黙の中を歩いていた。
背中に向けられる視線。
整備士たちの動きが、わずかに止まる。
「……戻ってきたのかよ」
「真壁がいなかったら、あいつも……」
囁きは、抑えられてなどいなかった。
訓練校でいくら首席でも、実戦で仲間を死なせたという事実は変わらない。
鳴瀬は、うつむきながら歩いた。
自分の足音が、妙に大きく感じられる。
──何もできなかった。いや、俺のせいで。
握りしめた拳が震えていた。
「……イーグル2、だったな」
その声に振り返ると、整備区画の奥に一人の男が立っていた。
真壁颯士。
先ほどの戦闘で、鳴瀬の命を救ったエースパイロット──通称《ヴァルキリー1》。
「……助けてくれて、ありがとうございました」
言葉がようやく出た。だが、真壁はわずかに首を振るだけだった。
「礼は要らん。命令違反は事実だ。お前が死んでたら、俺も出る意味がなかった」
「……はい」
「ただ──次は、ちゃんと帰還しろ。誰も失わずにな」
それだけ言い残すと、真壁は背を向けて歩き去った。
鳴瀬はしばらく、その背中を見つめていた。
⸻
司令部では、事態の検証が行われていた。
ブリーフィングルームに呼び出された鳴瀬の前で、上官が表情を変えずに告げる。
「……本作戦中、命令違反および隊列逸脱により、イーグル1・3の損失が生じた」
「申し訳ありません……!」
鳴瀬は立ったまま頭を下げる。
言い訳はなかった。する資格もなかった。
「以上により、イーグル2・鳴瀬隼也は、本日をもって飛行停止処分とする」
淡々と告げられた処分。
それは当然の結果だった。
「なお、再評価については後日、戦術統合審査会で協議される」
会議室を出たあと、鳴瀬は無言で廊下を歩いた。
(これが……“失敗”か)
誰もいない通路の端で、拳を壁にぶつけた。
鈍い音が響く。
それでも、叫び声ひとつ上げられなかった。
⸻
その日の夕刻。
基地裏の格納エリア“第21保管庫”。
そこでは、訓練では使われない旧型機や部品が、静かに眠っていた。
その中で、一人の整備士が黙々と作業をしている。
「……おい、勝手に触っていいのか?」
思わず声をかけると、整備士の少女が振り返った。
「許可は取ってる。あなたこそ、勝手に立ち入り?」
年は同じくらい。だがその表情はどこか冷たかった。
「……整備士?」
「うん。配属されたばかり」
手にしていたのは、F-35の予備パーツ。
だが、それを扱うはずの主力機体はすでに壊滅している。
「まだ“必要になる”って、思ってる人もいるらしいから」
彼女の声には、どこか諦めと希望が混ざっていた。
「名前は?」
「神谷 澪」
その名を聞いた瞬間、鳴瀬は思わず彼女を見つめた。
(……やっぱり、あの神谷さんの──)
だが、何も言わなかった。
澪は工具を手に、整備を再開する。
「別に、誰かのためとかじゃない。整備してないと、落ち着かないだけ」
背中越しに、ぽつりとそう言った。
鳴瀬は、何も返さず、その姿を見ていた。