第2話『沈黙する空に、声は届かず』
「第三編隊、出撃準備完了。イーグル1から3、滑走順確認せよ。」
格納庫に響く無機質な管制音声。
整備員たちは黙々と作業を進め、空気には張り詰めた緊張が漂っていた。
「本当に出るのかよ……訓練じゃねぇってのに……」
三枝直人がぽつりと漏らす。
隣でフライトスーツを締めていた鳴瀬隼也は、ヘルメットを手に無言で立ち上がる。
「出ろと言われた。なら、飛ぶだけだ。」
「けど……」
「保証なんか、最初から無い。」
苛立ちを押し殺したような声音だった。
その瞳には“何かを証明しようとする”色が浮かんでいる。
そのとき、背後から足音と声が響いた。
「お前が勝手して機体壊すなよ、鳴瀬。」
振り返ると、イーグル1──編隊リーダーの伊賀が立っていた。
実戦経験を持つ数少ないベテランで、誰よりも冷静な判断力を持つ人物だ。
「了解です。……ただし、必要なら自分の判断で動きます。」
伊賀はわずかに目を細めたが、それ以上は何も言わなかった。
「第三編隊、滑走路へ移動開始。先行していたファング編隊は通信不良、応答不能。」
管制の通信が流れる。
「ファング……」
鳴瀬の眉がわずかに動く。
(……神谷さんも、出てるのか?)
だが今は、それを気にしている余裕はなかった。
⸻
滑走、上昇。
イーグル編隊の3機が青空を駆け上がる。
「敵影、未確認。センサー反応なし。だが……いる。」
伊賀の声が低く重く響く。
「イーグル2、フォーメーションを維持しろ。」
「……了解。」
口では従いながらも、鳴瀬はスロットルをじわりと押し込んでいた。
(先に見つけてやる。俺なら──)
「イーグル2、動くな。まだ早い。」
「少し前に出るだけです。」
「勝手な判断は──」
その忠告を最後に、鳴瀬の機体は隊列から外れていた。
⸻
その時だった。
「っ……イーグル3、回避──!」
三枝の機体が閃光に包まれ、空中でバラバラに砕け散った。
「三枝っ!」
声が震える。その直後、伊賀の機体も別方向から襲撃され、爆発と共に炎に飲まれた。
「イーグル1、応答してください……!」
無線に返答はない。
孤独な空。
そして次に、鳴瀬の視界にそれが現れた。
黒く、鋭く、異様な軌道で動く影。
センサーは反応しない。
だが、間違いなく──敵だ。
「くそっ……!」
機体をロールさせ回避に入るが、敵の動きは予測不能だった。
ロックオン警報が連続し、鳴瀬はスティックを必死に握る。
(終わる──!)
だが、次の瞬間。
白銀の機影が横から飛び込み、一直線に敵機を撃ち抜いた。
爆音と閃光。
そして、静かな声が無線に届いた。
『……間に合ったか。帰還しろ、イーグル2。』
「……誰だ……?」
『ヴァルキリー1──真壁だ。』
⸻
格納庫に戻った鳴瀬を、誰も迎えなかった。
整備員たちは無言のまま、機体を見つめていた。
巨大な壁面モニターに、報告が表示される。
⸻
《第五航空部隊 緊急発進報告》
【出撃編隊:イーグル編隊/ファング編隊/アーク編隊/スピア編隊/レイヴン編隊】
【総出撃機数:17機】
【確認帰還:4機】
【撃墜:13機(戦死確認9/識別不能4)】
【敵機撃墜数:3機(確認済)】
──※イーグル編隊詳細
出撃:3機(イーグル1〜3)
帰還:1機(イーグル2)
戦死:2機
敵撃墜:1機(ヴァルキリー1)
⸻
視線。
沈黙。
空気が痛いほどに冷たい。
鳴瀬はゆっくりと機体を降り、格納庫の床を踏みしめる。
誰も、何も言わない。
──俺が、あの時、動かなければ。
──俺が、余計なことをしなければ。
歯を食いしばる。
その肩が、ほんの僅かに震えていた。