第1話『蒼穹に立つ問題児』
西暦2055年。鳴瀬隼也は空を見上げていた。
晴れ渡る空に、一切の曇りはなかった。
だが彼の胸の内には、雲のように拭えない苛立ちが漂っていた。
──空は広いはずなのに、なんでこんなに窮屈なんだろうな。
高層ビルの壁面には広告用ホログラムが流れ、空中には都市全域を覆う情報レイヤーが幾重にも重なっていた。
上空にはパーソナル・フライト機やドローンが滑るように飛び交い、航空管制はすべてAIによって管理されている。
「未来都市」──それはとっくの昔に現実となっていた。
軌道エレベーターが建設され、月や火星にコロニーが築かれ、宇宙は人類の生活圏にまで拡張されていた。
だが、隼也はその“進歩”に、どこか醒めた目を向けていた。
(便利になりすぎて、全部が“型どおり”なんだよな。)
⸻
「またやらかしたらしいな、鳴瀬。」
訓練機格納庫。
スーツのまま戻ってきた隼也を見て、整備兵たちは苦笑いを浮かべた。
「今度は無許可で飛行試験? 四度目だったか?」
「いや、五度目だ。もう一個バレてないのがある。」
「マジかよ……」
ヘルメットを外し、無言で椅子に腰を下ろす隼也。
汗の滲む額を乱暴に拭いながら、水を一口あおる。
「別に迷惑かけたわけじゃねえだろ。
予定よりちょっとルート外れただけだ。」
「ちょっと、ねぇ……」
呆れ混じりのため息が返る。
それでも誰も怒鳴りつけることはしなかった。
彼が“飛び”に関しては一級品だということを、誰よりも整備士たちが知っていたからだ。
だが──
「鳴瀬訓練兵、司令室に出頭せよ。繰り返す、鳴瀬訓練兵……」
「お約束だな。」
「ほら、また始まった。」
通信にざわめきが重なった。
無言で立ち上がった隼也は、そのまま司令部へと向かう。
通路の壁には、退役パイロットたちの写真が飾られていた。
“伝説のエース”“未来を切り拓いた英雄たち”──そう呼ばれた存在たち。
(そのどれもが、俺じゃない。)
自分には才能がある。操縦技術も、空間把握も。
ただし、“言うことを聞かない”という致命的な短所があった。
司令部のドアが開き、冷たい空気と共に、重い視線が突き刺さる。
「またお前か、鳴瀬。」
石動大佐が書類を机に叩きつけた。
眉間には深い皺。唇はわずかに引き結ばれている。
「訓練空域からの逸脱、AI制御の無視、無許可機動──今回で何度目だ?」
「忘れました。カウントしてないんで。」
「貴様……!」
一瞬、室内の空気が凍る。
だが隼也は、悪びれた様子ひとつ見せず、堂々と立っていた。
「……でも、飛び方を忘れたわけじゃありません。
必要なら、俺はどこへだって飛びますよ。」
石動は黙った。
その傲慢とも言える自信が、ただの反抗ではないと分かっているからこそ、余計に腹立たしい。
「命令を無視して生き延びたパイロットはいない。
お前はそれを理解していないだけだ。」
「言われたとおりやって勝てるなら、
ドローンで充分なんじゃないっすか?」
一瞬、静寂。
「出ていけ。」
短く、それだけが告げられた。
⸻
数時間後。
作戦指令室に、新たな通達が届く。
“アメリカ西岸に、正体不明の飛翔体が落下──現在、確認中”
その内容は、やがて世界中を恐怖と沈黙に包む“始まり”となるのだった。
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