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朔の日  作者: Style Creis
4/5

朧月

ー幕間ー

ーある穏やかな春の日ー


ーカッポカッポカッポ

ーガラガラガラガラ


「***、そろそろ起きなさい。そろそろ村に到着するよ。」

「ん…いけない。眠ってしまいました。」

「ここまで遠出するのはお前は初めてだからな。途中で一泊したとはいえ、慣れない環境だったから疲れたのだろう。」


普段お仕事に連れて行ってくれないお父様が初めて同行を許してくれた。普段はお屋敷の外に出るにも護衛を付けられる為、窮屈な思いをしていたが、こうやって広々とした大地を馬車で駆けるという体験に昨夜は興奮して中々寝付くことが出来なかった。

(もちろん別の馬車で護衛は着いてきているけど。)


「けどお父様。どうして今回は同行を許してくれたの?」

「お前ももう5歳だ。そろそろ外の世界を体験しても良かろうと思ってな。お前の兄も5歳になった時に同じ様に村への視察に同行させたよ。お前はまだ赤ん坊だったから覚えてはいないだろうが。」

「そうだったのですね!お兄様も同じ様に眠れなかったのですか?」

「あぁ。むしろアルフォンスはずっとはしゃぎっぱなしだったよ。その代わりに帰りはずっと眠ってしまっていたがな。」

「お兄様らしいですね!私はそんなことがないように気をつけますね!」


-------

-----

---


ーチュンチュン…チチチチ…サァー…


「ここが今回視察する村なのですか?」

「あぁ、そうだよ。この村は我が領地の重要な食料生産地でな。去年の作物の収穫量と納税額の確認も兼ねて村の様子を確認する為に来たのだよ。普段は家臣に任せているが、自分の目でも確認しないと報告だけでは本当の村の様子は分からないからね。それにこうやって自ら足を運ぶことで村人から困ったことがないか?足りない物資や農具はないか?そう言った書類の上だけでは分からないことも把握する為に来たのだよ。領民あっての領主だと言うことをお前も忘れてはいけないよ。」

「わかりました。お父様!」


お父様は誇らしげにそう語って私の頭を優しく撫でた。

そんなお父様の姿をみて私も誇らしくなった。


「それではとりあえず村長のところへ向かうとしよう。一旦挨拶もしなければならんからな。」

「はい。わかりました!」


ーーー


「お待ちしておりました。ひとまずこちらでお待ちいただけますでしょうか?すぐに書類を持ってまいりますので。」

「うむ。それではしばし待たせてもらおう。」


村長の家へと到着した私達は無事に迎え入れられ、挨拶もそこそこにお父様はひとまず書類の確認から始めるようだった。


「***、しばらく村長と納税額の確認を行うから退屈だろう?村の中でも見て回ってくるかい?」

「!いいんですか!?色々見てみたいです!」

「うむ。その代わり護衛は何人か連れて行くんだよ。」

「はい!わかりました!」


こうして私は暫く村の中をみて回ることにした。


ーーー


♪〜♫〜♪


「ねぇねぇ!あれは何かしら?」

「あれは牛で御座いますよ。お嬢様の好きなケーキやクッキーはあの牛の乳を使っているのですよ。」

「そうなの?あ、あれは何かしら?」


今まで見たことのないものについて従者に質問しながら私は村の中を散策していた。お屋敷では見ることの無いものばかりで目に映る物が全てキラキラ輝いて見えた。

そんな中、ふと1人の少年の姿が目についた。

私より少し年上だろうか?そんな少年がおそらく両親であろう。大人に混ざって畑仕事をしていた。


「ねぇねぇ。なんであの子は他の子と違って畑で仕事をしているの?」

「あの少年が特別というわけではありませんが。ほら、あそこにも同じ様な年の頃の少年が働いています。」

「あ、本当ね!でもあの子はとても楽しそうだわ。ねぇ…ちょっとあの子とお話出来ないかしら?」

「ふむ。少しここでお待ち下さい。」


大人に混ざって働く少年の姿に私は少し興味を惹かれた。普段あまりわがままを言わない私が自分の意見を言ったのが珍しかったのか従者の1人が畑仕事をしている彼の元へと駆けていく。


「………、***…………、……、……………。」

「………」


従者に話しかけられた少年はびっくりしたような顔でこちらを見て、そして一緒に働いている大人に許可を取っているのだろう。少し話をして、少年が駆け寄ってきた。


「君は誰?僕に話があるってこのおじさんに聞いたんだけど、どうしたの?」


少年と一緒に私の元へ戻ってきたおじさん呼ばわりされた従者は苦笑していた。そんな様子をみながら私は彼に名乗った。


「私は***っていうの。エインズワース家の子どもなのよ!」

「ふーん。よくわかんないや。で、どうしたの?」


私は思わずびっくりした。街を歩くと大人も子どもも皆頭を下げてくれるのに、目の前の少年は不思議そうに首を傾げているだけだった。そんな彼の反応が目新しくて私はますます彼に興味を惹かれた。


「あ、そうだった。あなたはなんで大人と一緒に働いているのにそんなに楽しそうなの?あなたくらいの子どもはあそこで遊んでいるじゃない。遊びたくないの?」

「うーん。なんでって言われてもなぁ。そりゃ友達と遊ぶのも楽しいけど、畑仕事も面白いよ?種を撒いて、水をやって、雑草を抜いて。そうしてお世話を沢山すると美味しい野菜が沢山出来るんだ。それでお父さん、お母さんが美味しいって言ってくれるんだよ!」

「ふーん。野菜なんて商人が売りに来るじゃない。わざわざ育たなくてもそれを買えば良いんじゃないの?」

「チッチッチ。わかってないなぁ。摘みたての野菜がどれだけ美味しいか知らないんだな。」


私を少し小馬鹿にしたような彼の態度に無性に腹が立って私はムキになって言い返す。


「そんなに言うなら何か食べさせてよ!」

「いいよ。でも、働かざる者食うべからずだ。」

「?なにそれ。」

「美味しいご飯はちゃんと働いた人だけ食べられるってことさ。なんならちょっと畑仕事を手伝ってみる?あ、でもそんなきれいな服じゃ無理か。」

「む。やるわ!服なんてお洗濯すればいいもの!」


そう彼に告げた言葉に従者達は慌てふためき始める。

しかし、一度口にした言葉は貴族として曲げられない。それに彼の言う美味しい野菜というものにも興味があったのだ。


「お嬢様お待ち下さい。私共が旦那様に叱られます!」

「いいから。あんなこと言われて黙っていられないわ。後でお父様から怒られたら私がやりたいってちゃんと言うわ。」

「しかし…」

「もー!じゃあ誰かお父様のところへ伝えに行って!それなら良いでしょう?とにかく私は絶対諦め無いから!」


そう言うと従者の1人は諦めた様に来た道を走って戻っていく。もしかしたら後でお父様に叱られるかも知れない。でもお父様はいつも言っていたのだ。領主は領民あっての領主だと。だからきっと大丈夫。


ーーー


ドテッ


「いたっ!」

「あー。そんな風に後ろに引っ張るから。雑草は上に向かって引き抜くんだよ。」


尻もちをついた私を横目に彼は黙々と雑草を抜いていく。ずっと大人に交じって畑仕事をしているのだろう。年の差もあるだろうけど、すでに私の抜いた雑草の4倍は抜いている。その間にも従者と彼の両親はハラハラとこちらを伺っているが、あまりにすぐに手出しをしようとするので少し離れたところにいるように命じたのだ。


-------

-----

---


「そろそろ休憩にしようか。」


少し日が傾き始めた頃、彼はそう告げた。

正直畑仕事どころかろくに重たいものを持ったことの無い私の手は限界だった。ところどころ切り傷ができ、うっすらと血が滲んでいる。それに定期的に手入れをされて綺麗だった爪も土にまみれて真っ黒になっていた。


「でも正直驚いたよ。すぐに音を上げて投げ出すかと思っていたけど。ごめんよ。言い過ぎた。君は凄いよ!」

「!!えぇ、そうでしょう。私だってやれば出来るんだから!」


彼に褒められて嬉しくなった私は思わずつれない態度を取ってしまった。少し顔が熱くなっているのを感じる。そんな私の表情を読み取られないようにそっぽを向く。


「よし。じゃあお待ちかねの休憩にしようか!」


その言葉に私はぱっと明るい顔をして身を乗り出した。

こんなに苦労させられたのだ。これで美味しく無かったらお父様に言って罰を与えてもらおう。そんな事を考えながら歩き出した彼の後を着いていく。


ーーー


「よし。じゃ、そろそろこの辺りは食べごろだから2、3本収穫してみなよ。こうやって…ほら。ポキって折れるから。そしたらこうやって汲んで来た水でざっと洗って囓る!うん。甘い!ほら、君も!」


そう言った彼の足元には沢山のアスパラガスが植わっていた。そしてアスパラガス畑に連れてこられた私は愕然とした。野菜は元々あまり好きな方では無いけれども、アスパラガスは特に苦手な野菜だった。でもここまで来て食べずに逃げるのはプライドが許さなかった。


「えぇ…いただきます…」


彼の見様見真似でアスパラガスを収穫し、そして意を決して口に含んで齧った。


「え、なにこれ…凄い!お屋敷で出てくるアスパラガスは苦くて美味しくないのに…凄く甘い!!」


そんな私のリアクションを見て彼はニコニコ笑っていた。


「そうだろ?野菜は収穫した瞬間が1番美味しいんだよ!そこからだんだん味が落ちちゃう。だからこれは農家の特権なのさ!だから畑仕事もだんだん楽しくなって両親と一緒に働いているんだよ!」


そう言った彼は誇らしげで、幼いなりに何処かお父様と同じ雰囲気を感じられた。

そしてもう一本、もう一本と何本目か分からなくなった頃。


「お嬢様、そろそろ旦那様の元へ戻りましょう。心配しておいでですよ。」

「そう。残念だけど仕方ないわね。ねぇ、あなたの名前をもう一度教えてくれる?」

「×××××だよ。また今度遊びに来たら次は違う野菜を食べさせてあげるよ。」

「うん!楽しみにしているわ!」


そして彼に別れを告げ、村長の家への道すがら従者とおしゃべりをしながら来た道を戻っていった。

そして、仕事を終えたお父様とお屋敷へ帰る馬車で今日の出来ごとについていっぱい、いっぱいお話した。そうしていると慣れない事をしたせいもあったのだろう。気付くと眠ってしまっていて、行きに立ち寄った別の村の宿に到着していた。


(是非またあの村で彼と畑仕事をもう一度やってみたいわ!)


そう思い、心地よい疲れに身を任せて私は眠った。

空には楽しかった思い出を映すように満月が輝いていた。


ーーーーー


あれから10年後。


なかなかその機会に恵まれず、あの村を私は訪れることが出来ないでいた。その間にも庭師のニコライさんに頼み込んで庭の一角に菜園を作ってもらって野菜を育てて見たけれど上手くいかず、その代わりに花を育てる事にした。中でもお気に入りはアネモネの花だ。綺麗に咲くとニコライさんも褒めてくれて、お父様、お母様にプレゼントすると泣いて喜んでくれた。お兄様にもプレゼントしたけどその時はつれない態度だった。けれど後でお兄様の自室に行くと花瓶に生けられていた。ちゃんと気に入ってくれたらしい。


そんな生活が続いて、やっとあの村を訪れる機会に恵まれた。彼はどんな青年になっているだろうか?楽しみにしながら彼のいた畑を思い出しながら村を散策する。そして見つけた。


「こんにちは!」

「こんにちは。何か御用ですか?」


(あれ?私の事、覚えていないのかな?名前を言えば思い出すかな?)


「私は***と言います。」

「はい。***さんですね。どうかされましたか?」


(忘れられてる…?私は忘れたことなんて無かったのに!)


悔しくなった私は知らないフリをして彼をからかおうと思った。そのうち思い出すであろう。その時の彼のリアクションを楽しみに私の正体を黙っておくことにした。


「いい野菜ですね!私にも育て方を教えてもらえますか?」

「えぇ…?あなたみたいな女性には無理だと思いますよ?」

「いいからいいから!」


そう押し切って彼の畑へと近づいていく。


(また面白いことが起こるといいな!)


そんな期待に胸を膨らませながら彼と畑へと入っていく。かつて訪れたあの日と同じ様に柔らかい春の風が私の畑頬を撫でていった。



むかしむかしあるところに

許されぬ恋がありました。

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