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学生寮に一人戻った私は一人で食堂に向かった。
元々大阪に住んでいるゆかりんとスミレちゃんは家に帰った。
鏡さんと一緒にご飯を食べたかったんだけど、もう先に食べ終わったみたい。
寮でご飯を作ってくれるおばちゃんは夜の七時に帰るけれど、その場合は冷蔵庫に作った食事をラップに包んで入れてくれている。
私は電子レンジで煮魚を温めてテーブルに運んだ。
「おばちゃん、ありがとうございます」
そう言って、手を合わせ、食事を始める。
熱くなったラップを剥がすときに火傷をしそうになって、反射的に自分の耳たぶをつまむ。
あ、耳たぶって触ると気持ちいい。
「桃っち……なに自分の耳たぶを揉んでるっすか?」
食堂にお茶を飲みに来た花蓮ちゃんが私を見て尋ねた。
少し恥ずかしくなった。
「今頃食事っすか?」
「ダンジョン探索でつい遅くまで潜っちゃって。花蓮ちゃんは? 今日はダンジョンに来なかったみたいだけど」
「うちらは放課後までボウガン用の矢を作ってたっす。生産系のスキルを目覚めさせるのと、ダンジョン探索を有利に進めるための一石二鳥って言って。まぁ、買えば何十万円もするトレント木材が手に入ったのは嬉しいっすけど、流石に死ぬかと思ったっすよ」
「え? ボウガンの矢を作っただけだよね?」
「お嬢様と一緒にトレントの出る階層まで潜らされたんっすよ。敵の攻撃は全部先生が退けてくれたっすけど、その辺の絶叫系マシンより遥かに迫力があったっす。あの先生、かなり実戦派っすから」
「え? じゃあかなり経験値が入ったんじゃないの?」
「戦闘に参加しなかったら経験値は入らないっすよ。お嬢様が『お金ならいくらでも払うから動けなくなった魔物を倒させてくださいませ』みたいに言ってたっすが、『自分の力で経験をしないと本当の意味で力にならないぞ』って怒られてたっすよ」
つまり、戦うわけじゃなくて、ただついていくだけのダンジョン探索だったらしい。
普通のダンジョンはレベル制限があり、自分の実力に見合わない階層に行くことはできないんだけど、黒のダンジョンではそれも可能だ。
煮魚を食べながらそんなことを考える。
「それで、桃っちはどうだったっすか?」
「今日はレベル3まで頑張ったよ」
「もうレベルが3になったんすか」
「鏡さんはレベル11だよ? 差を広げられて――」
「まぁ、かがみっちは覚醒者っすからね。覚醒者は魔法も使えるから効率よくレベルを上げられるっすよ。天才に勝つには、努力で補うしかないっす」
「その天才が努力してたら?」
「諦めるしかないっすね」
身も蓋もない。
食事を終えた私は部屋に戻って、お風呂に入った後、宿題をする。
本当はダンジョン探索による疲れとちょうどいい満腹感で眠たくなるけれど、宿題を提出しないと放課後に課題が出されてしまい、ダンジョンに潜れなくなる。
眠気との戦い――こういう時は――
「じゃじゃーん! だらにすけぇ!」
本当はお腹がいたいときに飲む薬だけど、歯と歯の間に挟む。
すると、その苦味のせいで目が覚める。
凄いよ、陀羅尼助! 水で飲む分には平気だけど、少し噛んだらものすごく苦いよ!
これで宿題に集中できる!
私は中学生の頃、テスト前はこの方法で一夜漬けに成功してきた実績がある。
そして、宿題の内容は――
「三角関数、わからないよ! 全然わからない!」
でも、しっかりやらないと明日のダンジョン探索が――
私は充電中のスマホを見る。
スマホで誰かに聞けば――ううん、チャット型AIを使ったら直ぐに答えが出るんじゃないかな?
そうだよね、私は探索者になるんだ。
ここで宿題ができずにダンジョン探索ができなくなるより、ちょっと質問してそれを書き写せば――それでも宿題をしたことになるよね?
『学校の授業は必要だから行うんじゃないの。必要になるかもしれないから学ぶの』
『自分の力で経験をしないと本当の意味で力にならないぞ』
鏡さんと花蓮ちゃんから聞いた先生の言葉を思い出す。
「やっぱりズルはダメ! ちゃんと頑張らないと! 頑張れ、私!」
「頑張るのは自由だけど、少し静かにしてくれない?」
「え?」
隣の部屋にいるはずの鏡さんが扉を開けて立っていた。
そして、鏡さんは私の隣に来ると、
「どこがわからないの?」
「教えてくれるの?」
「全部は教えないわ。でも、解き方がわからないと始めることすらできないでしょ?」
そう言って、彼女は私のノートを捲る。
「基礎はできているわね。これならあとは解き方を覚えるだけで済みそうよ」
「本当に?」
「ええ。明日も新聞配達のバイトがあるんでしょ。早く済ませて寝てしまいなさい」
「うん!」
鏡さんに宿題の解き方を教えてもらい、私はなんとか今日の危機を脱した。
翌朝、新聞配達の仕事に行く。
誰にも迷惑をかけないようにこっそりと寮を出た。
そして、学校の周りの家に新聞を届けた後、帰宅。
そして、仕事を終えて寮に戻った私は、朝食に行く。
「桃っち、今度は早いっすね」
食事を食べていると花蓮ちゃんが起きてきた。
「新聞配達のバイトをしてるんだ」
「そうだったんすか。知らなかったす」
「誰にも言ってないからね」
「あたしもそろそろバイトを探さないといけないっすね」
花蓮ちゃんがそう呟きながら、私は一つ不思議に思った。
鏡さんはなんで私が新聞配達のアルバイトをしていること、知っていたんだろ?