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ダンジョン学園の授業が始まった。
と言っても、授業の内容は普通の高校と変わらない。
「ダンジョン学園なんだから、ダンジョンのことばかり勉強すると思ってたよ……なんで三角関数がここまで追いかけてきてるの」
三角関数は嫌い。覚える公式が多すぎる。
「サインとかコサインとかいつ使うの? なんで数学なのに英語なの?」
「三角関数の使い道は多種多様よ。測量に使えるのはもちろん、波の計算にも必要だから様々な物理法則の演算に使うわ。学校の授業は必要だから行うんじゃないの。必要になるかもしれないから学ぶの。意味を考えるのは大切だけど、意味がないと捨てるのは良くないわ。人が学ぶ機会はいつでもある。学校を卒業した後にもね。でも、学ぶためだけに時間を使うことができるのは生徒の特権よ」
ドヤ顔でもなく、かといって説教をしているのでもなく、鏡さんは淡々と、まるで辞書に書かれている説明文を読み上げるかのように私に言って聞かせてくれた。数学の教科書を鞄の中に入れながら。。
眩しいよ、鏡さん。
なんでそんなにカッコいいことが言えるの?
「あと、サインもコサインもその言葉の由来は英語ではなくてラテン語よ」
あと、とっても細かいよ。
「ダンジョン学園といっても高校ですから、授業はしっかり行うと思います。スカウトで高校野球の名門校に入学した球児だって、野球だけしていればいいというわけではなく、普段は高校の授業を受けているのと同じです」
「うちは桃華ちゃんと一緒で、ダンジョンだけでもいいって思うけどな」
スミレちゃんがわかりやすい例を言ってくれて、ゆかりんが私に賛同してくれた。
あれだけ授業の必要性を鏡さんが伝えてくれたのに、やっぱり授業は受けたくないって言えるのは凄いと思う。
「あれ? 鏡さん、どこに行くの?」
「今日の授業は終わったもの。ダンジョンに行ってくるわ」
彼女はそう言って、身代わりの腕輪を着ける。
「待って、私たちも――」
「私はもう二階層に行くわ。あなたたちはまだスライム退治でしょ? 待つ必要はないわ」
鏡さんはそう言って、教室を出て行った。
「スライム退治……うちはスライムを殴るのはあんまり好きやないんやけど」
「弱音を吐いてはいられません、由香里。倒さなければやられるのは私たちです」
スライムが好きなゆかりんが引きつった笑みを浮かべた。
とはいえ、ゆかりんも始業式の授業ではちゃんとスライムを倒していた。
「しっかりレベルを上げて、神楽坂さんに追いつきましょう。彼女は最初からレベル8です。レベル10になったら3階層に行くと思うので、益々差を広げられますよ」
鏡さんは覚醒者なのでレベルの初期値が高い。
私たちは魔物に殺されて死んでしまったらレベル1になって生き返る。というか一度殺された。
その場合でも、鏡さんだけはレベル8の状態で生き返ることができるらしい。
スタート地点が大きく違う。
「そやね。はやいとこレベル5になって2階層に行けるようにならんとな」
「うん、頑張ろう!」
ダンジョン探索用の鞄を持って、三人揃って教室を出た。
ジャージと特殊警棒でスライムと戦う。
といっても、スライムは動きが遅く、攻撃的でもないので一方的に殴るような感じになってしまう。まるで弱い者虐めをしているみたいだけど、そこは割り切って戦う。
「あ、回復薬だ!」
倒れたスライムが消えると、回復薬が残されていた。
飲むと一瞬で体力が回復する薬だ。
スライムを倒すと一割の確率で魔石を落とす他、さらに低い確率で回復薬を落とす。
本来であれば、スライムが落とすのはスライム酒というお酒なんだけど、学生用のダンジョンということでそこは回復薬に変わっているらしい。
「回復薬ですか。これも随分と安くなりましたよね」
「うん。今は一本1000円くらいだっけ?」
昔は一本何万円もして、特定の場所でしか販売されていなかった。
保険適用もないので、庶民が気軽に使うことはできなかった。
それが今では安価で購入できるようになった。
ダンジョン局が回復薬を作り出す魔道具を手に入れたという噂だけれど、詳しくはわかっていない。
でも、そのお陰で購買部でも黒い魔石2個分のポイントで回復薬を買うことができる。
回復魔法等の体力回復手段を持ち合わせていない私たちにとって、この回復薬は今後のダンジョン探索において重要なアイテムとなるだろう。
「少し休憩にせぇへん?」
「そうですね。皆さん、今日は随分戦いましたから」
うん、私のレベルも3まで上がった。
ステータスをもう一度確認する。
――――――――――――――――――
山本桃華:レベル3
所持P:5
体力:35/35
魔力:0/0
攻撃:8
防御:11
技術:9
俊敏:12
幸運:4
スキル:状態異常耐性(弱)
――――――――――――――――――
今日一日でレベル3か。
頑張ったよね。
この調子でレベルを上げていけば、直ぐに鏡さんと一緒に――
「あ、かがみやん。探索もう切り上げるん?」
「ええ。もう夜の八時頃よ。そろそろ帰らないと先生に怒られるわ」
「うそっ!? もうそんな時間!?」
そういえばお腹が空いてきたかも。
ってあれ?
「鏡さん、その剣どうしたの?」
「ソードゴブリンの剣よ。拾ったの。特殊警棒よりは使えるでしょ?」
「ソードゴブリンって三階層の敵だよね!? え? 鏡さん、もうレベル10になったの!?」
「レベル11になったわ」
レベル11!? レベルを3つも上げてるの!?
鏡さんに追いつけるって思ったのに、差が開いている!?
出口へと向かっていく鏡さんの方に手を伸ばそうとするが、その背中はとても遠く見えた。