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十年前、ダンジョンを作ったのは目の前にいるダンプルではなく、ダンポンという生物だ。
このダンポンは人々にダンジョンという新たな可能性を与えてくれた。
ダンジョンから生み出された薬は、従来は治療できなかった怪我や病気を治すことができ、魔石という新たな燃料となりうる素材のお陰で、世界の化石燃料の消費量は大きく減った。
ダンポンの作ったダンジョンには安全マージンという人々に無茶をさせない機能が備えられており、初心者がダンジョンで大怪我を負うことはほとんどなかった。
しかし、わずか数カ月前――今年の五月に現れたダンプルは違った。
ダンプルはダンジョンを戦いの場、生と死の狭間で戦う場所だと伝えた。
そして、富士山の上に、生駒山の上にダンジョンを作った。
富士山から魔物が溢れたときは自衛隊の活躍により魔物の氾濫が収まり、そして生駒山のダンジョンはある探索者パーティの活躍により消滅した。
その生駒山ダンジョンを消滅させたご褒美として作られたのが、このダンジョン学園である。
日本中にあんな混乱をもたらしたダンプルが学校を作る事をなぜ日本政府が認めたのか、詳しいことは私にもわからない。
ただ、何故かインターネットのSNSもテレビや雑誌のメディアも、ダンプルのことを悪く言う人はほとんどいなくなっていた。
「このダンジョン学園はただの学校ではない。本来ならば十八歳にならないと入る事ができないダンジョンに高校一年生のうちから入る事が許され、他の人より先に強くなることができる。しかも安全マージンなんてないからね。それはもう。本来なら五年、十年かけて行うダンジョンでの成長をたった三年で成そうというのだ。生半可な覚悟で務まるものではない。でも、恐れる必要はない。どんな困難も一人ではなく仲間と共に乗り越えるからだ。失敗や挫折も、ダンジョン学園では学びとなる。それらを恐れることなく、積極的に挑戦してほしい。僕はそれを願っている」
最初はビックリしたけれど、ダンプル学園長は優しい言葉でそう言った。
実はいい人なのかな?
そう思った。
でも、ダンプル学園長はさらに続けた。
「なんて甘いことを言ってもらえると思っているなら、今すぐ学校を去って欲しい。失敗や挫折も学び? ダンジョンにおいて失敗というのは、本来は死につながるべきものだ。君たちは全員ミノタウロスに殺されたと聞いている。身代わりの腕輪があったから死ななかった? それは結果論だ。学校の先生が理由もなく殺してくるわけがない? 君は何故会ったばかりの彼女たちを信用できる? ダンジョンには何があるかわからない。君たちが学ぶのは失敗ではない。失敗しないことだ。君たちには身代わりの腕輪を渡している。でも、その身代わりの腕輪は安全を確保するための腕輪ではない。ただ、僕が日本政府から、この世界にダンジョン学園という学び舎を作ることを承諾させるための苦肉の策として設けた、本来なら発動してはならないアイテムだ。だから、君たちに伝える。身代わりの腕輪が発動したときはレベルが初期レベルに戻るだけではない。この学校を退学してもらい、そして、二度とダンジョンに入ることを許さない。もしもその約束を破って君たちがダンジョンに入ろうものなら、僕は全力で君たちを排除する。だから、死ぬな。生きろ。ダンジョンはそういう場所だ。と心に常に持っていてほしい。そして、僕もまた生と死の狭間にいるんだ。君たちが卒業するまでに一定の成果を出せなかったとき、僕はダンジョンとともに消滅する。君たちに死を語っているのだからこのくらいしないと不公平だろう? まぁ、これは僕の自己満足だけどね。君たちがこれから三年間でどのような考えを見せてくれるか楽しみにしている。では、これから三年弱、よろしく頼むよ」
ダンプル学園長の挨拶はそれで終わった。
これまで、学校の始業式の校長先生の話で記憶に残っている話はほとんどない。
でも、今日の話は違う。
その意味は半分も理解できなくても、ダンプル学園長の本気だけはしっかりと伝わった。
教室に戻った私たちはさっきの言葉を考えていた。
「ダンジョンってなんなのかな。なんで死ぬ思いをしてまで潜るんだろ?」
それは考えても答えが出ないことなのかもしれない。
なんで、死ぬ思いをしてまで、潜らないといけないのだろう?
そう考えているとスミレちゃんが言う。
「私のお姉ちゃん、ダンジョンに殺されるところだったんです」
「東さんのお姉さんも探索者なのよね? どういうこと?」
鏡さんが尋ねる。
「万博公園にあるダンジョンの事件、皆さん覚えていますか?」
スミレちゃんが尋ねたので私たちは頷いた。
日本で初めてダンプルが起こしたとと言われる事件だ。
イビルオーガが浅い階層に出現し、大騒ぎになった。確かその時一人亡くなっている。
「その時、お姉ちゃんもイビルオーガに襲われて。たまたま強い探索者が駆け付けて助けてくれたみたいなんですけど、本当に少し間違ってたら死ぬところだったんです。お姉ちゃんはいまでも探索者を続けているから、私、お姉ちゃんを守れるような探索者になりたくて、そしてお姉ちゃんが死を体感しても、家族に反対されてもまだダンジョンに入る理由を知りたくてこの学校に来たんですけど――」
「え? じゃあ、ダンプル学園長は自分を恨んでいる生徒を入学させたの?」
「そうなります。ダンプル学園長は私が恨んでいることを知っているだろうということは願書にも書きました。知っている上で、私を入学させたんだと思います。たぶん、平等に自分を裁かせるために。私たちが何もしなければダンプル学園長は死ぬんですから」
「審判っていうのなら私も同じね」
そう言ったのは鏡さんだった。
「私はダンプルではなく、ダンジョンそのものを恨んでいる」
鏡さんは語った。
鏡さんは両親と三人で暮らしていた。とても仲のいい家族だったようだ。
ダンジョンができた時、鏡さんのお父さんは探索者になる覚悟を決めた。
元々体を動かすのが得意なのと、ゲームが好きなこと、そしてなにより、鏡さんのお父さんも鏡さんと同じく覚醒者だったらしい。
そのこともあって、彼は瞬く間にダンジョンで成果を出していき、日本でもトップランカーの探索者になった。
そんなある日、鏡さんのお父さんはお母さんに離婚届を叩きつけ、二人と会わなくなった。
「とても優しかった父。父が理由もなく母と私を捨てるとは思えない。ダンジョンが父を変えたんだと思う。父に何度会おうとしても、それは叶わなかった。私はダンジョンを恨んだ。そして、ダンジョンに入って確かめたい。いったい何が父をあんな風に変えてしまったのか。それが私がダンジョン学園に入った理由」
そういう鏡さんの目には意思が宿っていた。
強い意志が。
「そういえば、由香里はなんでダンジョン学園に来たの?」
「スミレ、いまそれを聞くん? って言わなアカン流れになってるし……」
ゆかりんは溜息を吐いてから言った。
「うちは大した理由やないで? 一番の理由はスライムブリーダーになりたいってことなんやけど、でも敢えてそれ以外の理由があるとすれば――」
とゆかりんは言った。
ゆかりんには双子の妹がいたそうだ。
ただ、双子の妹は昔から身体が弱く、中学生になる前に死んでしまったという。
ゆかりんはずっと考えた。
同じ双子なのに、なんで妹だけ死んでしまったのか?
妹はずっと笑っていたけれど、何を話していたのか?
そんな時、インターネットでダンジョンについて研究している月見里研究所のある論文を見つけた。
魔物というのは世界の記憶によって生み出される。
ダンジョンはこの世界の記憶の集う場所であると。
だから、もしかしたらダンジョンの中に、妹の記憶に繋がる何かがあるのではないか?
まるで雲を掴むような話であるけれど、そんな目的でダンジョンに挑もうと思ったらしい。
「由香里、そんなこと考えてたの? 妹がいたことも私知らなかったんだけど」
「スミレと会ったのは高校生になってからやしねぇ」
どこが大した理由じゃないの!?
凄い理由だよ。
「桃華ちゃんはなんでダンジョン学園に入ろうと思ったん?」
「私は……えっと、生駒山ダンジョンで黒のダンジョン攻略に成功した探索者パーティの救世主に憧れて……」
「それだけなん?」
「……それだけ」
恥ずかしい。
みんなそれぞれ凄い理由や目的があってやってきているのに、私一人だけただの憧れなんて。
バカにされるんじゃないか?
そう思ったけど、
「でも、確かにチーム救世主は凄いやんね」
「私はあまり詳しく知らないですけど、その噂はよく聞きます。同じ高校生なのに、日本屈指のグループですよね?」
「憧れは大事よ。山本さんのその気持ちは大事だと思うわ」
と三人とも言ってくれた。
みんな優しいな。
このクラスメートなら楽しくダンジョン探索をできそうだ。