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3.決意の涙

「……あれ?」


 目を覚ますと、僕は暗闇の中にいた。

 ショックで死んでしまったのかもしれない……と思ったけれど、鼻腔をくすぐる美味しそうなご飯の匂いが現実である証明だ。

 何も考えたくないけれど、こんな状態でもお腹は減るらしい。グゥと情けない音を鳴らす。

 頭を動かしてみると、枕の柔らかな感触がある。どうやらベッドで寝ていたらしい。

 どれくらい意識を失っていたのだろうか。


「あの子、大丈夫かしら?」


「そのうち腹空かして起きてくんだろ」


 静かな部屋の中に届くパパとママの声。いつの間にやら家に戻っていたようだ。

 僕には瞬間移動のような、無意識のうちに家に帰れる力があるのかもしれない。だとしたら、少しは救われるのだけれど。


 動きたくない。でも、このまま寝ていたところで時間だけが過ぎていく。

 明日は学校だ。明後日も学校だ。朝になればどうせママに叩き起こされて、無理矢理にでも行かされる。

 待ち受けるのは、どんな適性だったのかをみんなの前で発表するという地獄。僕はみんなの笑いものになるだろう。


 何をしたところで、スライム特化テイマーである事実は変わらない。

 受け入れて前に進むしか……でも、受け入れられるのか?

 僕には難しいかもしれないな。

 とりあえず、パパとママに相談してみよう。

 がっかりさせてしまうかもしれないけど、何もしないよりはいくらかマシだろう。


 起き上がろうとするも、持ち上げるのが億劫だと思えるほどに体が重い。

 ベッドから降りると眩暈がする。

 それでも、壁を頼りにゆっくりとリビングへ向かう。

 足はふらつき、自分の体じゃないみたいだ。

 暗い部屋から抜け出し、光を浴びる。


「パパ、ママ、話があるんだ」


 口を開くと、自分でも驚くほど小さな声が出た。


「おう寝坊助(ねぼすけ)、起きたか。まあ座れよ」


「カイト、顔色が悪いわね? 無理しちゃダメよ?」


 僕を見た両親は、一瞬だけギョッとした表情を浮かべたが、すぐにいつもの優しい顔になった。

 今の僕は、それほど酷い有様(ありさま)なのだろう。


 僕とは違う、栗毛に同色の瞳を持つ二人。

 パパのアッシュ・フェルトは、毎朝びっしりと髪を後ろに撫でつけてオールバックにしている。

 頭がよくて、真面目そうな顔をしているが、どっちの特徴も僕は受け継がなかったみたい。


 ママのコーラル・フェルトは、少し垂れ下がった優しげな瞳を隠すほどにまつ毛が長い。髪は肩の下あたりまで真っ直ぐに伸びている。

 僕の顔はママに似たのかな。


「まずは飯だ。何よりも飯だ。心も体も、美味いもんを食えば回復するってもんよ!」


「そうね、冷める前にいただきましょうか」


 今日の夕飯は、スープにサラダ、ふんわりと丸いパンだ。


「……いただきます」


 椅子に座り、スプーンですくったスープを口に含む。

 骨ごとぶつ切りにした鶏肉の旨みが溶け込み、大きめの野菜が舌の圧で崩れていく。体中に染み渡る優しい味だ。野菜の甘さを感じられる塩加減というのは、料理上手の証拠らしい。

 サラダは水々しく、新鮮な葉物から命の恵みを感じる。

 焼きたてのパンが、涙が出るほど香ばしい。

 ……いつもより少し塩気が強いのはなぜだろうか。


「なんだぁ? どうしたカイト、まさかお前……ママの料理が泣くほど美味かったのか?」


「ねぇパパ? ぶん殴るわよ?」


「いや、あの……ごめんなさい」


「分かればいいのよ。さ、カイト? 何があったか話してみなさい」


 自然と涙が溢れていた。

 パパは、いつものようにおちゃらけて空気を明るくしようとしてくれたのだろう。

 オーガの面を貼り付けたママの威圧には敵わなかったようだが。


「僕、スライムテイマーだった。ラビちゃんはドラゴンサモナーになっちゃって、すごく不安そうな顔をしてて。守りたかったのに、約束したのに……何もできなくて……」


 いつもの夕飯のときみたいに、本当は全部話したかった。ラビちゃんとした会話や、教会の雰囲気だったり、くすっと笑えるような出来事まで。今日という日がどんな一日だったのかを詳細に。

 でも、全てを吐き出すのが怖くて、結局これしか伝えられない。

 今日の僕は男じゃなかった。ラビちゃんに嫉妬して、心のどこかに汚い感情があったのは間違いない。だから、神様が僕に罰を与えたんじゃないかと不安なんだ。

 パパとママの口からそれが出て、受け入れざるを得なくなるのが怖い。


「スライムテイマーじゃ守れないのか? まだ何もしてないのに? ったく、馬鹿かお前は。そんな軟弱者に育てた覚えはねえよ」


「……あなた?」


「ひ、ひいいいぃ! そんなに怒るなよママ。でも、俺は間違ったことは言ってねえぜ? カイトには、やる前から諦めるようなダサい男になってほしくねえからな」


「カイト、気持ちは分かるわよ。テイマー……それもスライムじゃあ、あなたが落ち込むのもしょうがないかもしれない。でもね、大事なのは強さじゃないのよ? カイトの言葉で、心で、ラビちゃんを守ることができるの。お友達でしょう?」


 パパの言葉も、ママの言葉も、驚くほど滑らかに入ってくる。

 パパは途中で鬼に制されたけど、言いたいことは伝わった。

 ダサい男にだけはなるな……僕が何をしようと口出ししないパパだけど、この言葉だけはよく僕に言ってくる。


 ママは、僕がやりたかったことを、僕に出来るように分かりやすく説明してくれた。

 ママはいつも厳しくて怒ると怖いけど、こういう時はすごく優しい。

 まるで僕の頭の中が透けてるみたいに、何も言わなくたって気持ちを汲んでくれて、道を示してくれる。


「パパ、ママ、ありがとう。ご飯……美味しいよ……。うっ……うぅっ……」


 涙が止まらない。

 悲しいのではなく、抱きしめられたかのように心が温かい。


「スライムなんて鍛えたところでクソ雑魚もいいとこだ。テイマーで強い奴なんて一握りだし、さすがに厳しいだろう。けどな、俺がカイトなら諦めない。ラビちゃんとの約束を果たすために、鍛えて、鍛えて、自分を磨き続けて……テイマーのメリットを最大限に生かす。誰が言ったか知らねえけど、『テイマーに終わりはない』って聞いたことあんだろ? モンコロでいつもサモナーにボコされてっから説得力はねえが、可能性はあんだよ。夢見れるなんて最高じゃねえか。やめたきゃ好きなときにやめりゃいい。お前の人生なんだからな」


「カイトはまだ若いんだから、何をしたっていいのよ? ママはあんまりパパの言うことに賛成はしたくないけど……自信持って好きなようにやりなさい」


 テイマーに限界はない……か。

 テイマーで一番有名な闘士は、白髪の魔女――メニュック・エシルバ。たしか、70歳くらいだったはず。

 彼女は蜘蛛の魔物に特化しており、召喚枠は4つ。若いときから育て続けたカメレオンスパイダーとともに戦っていた。

 レベルは1600を超えているという噂で、モンスターを指揮しながら自身を主力として、サモナーだろうが関係なく倒していたのを見たことがある。

 白銀のドレスアーマーに身を包み、真っ白な髪をたなびかせながら戦う姿はかっこよかった。


 僕がやるべきことは二つ。

 一つ目はラビちゃんに会う。頼りない姿を見せちゃったことを謝って、今の正直な気持ちを伝えるんだ。

 どれだけ待たせてしまうかは分からないけれど、必ずラビちゃんを守れるくらい強い男になる。僕が心の支えになってあげたい。

 二つ目はラビちゃんの前に立つこと。スライムごときと(さげす)まれようとも、僕が最強にしてやるんだ。

 ドラゴンサモナーにだって負けないスライムテイマーになってみせる!


「スライム特化で、テイマーで……だけど、一回だけ自分を信じてみてもいいかな?」


「まあ、バイト感覚で冒険者にでもなって、小遣い程度の金でも稼いでみりゃいいんじゃねえの? ママを悲しませることさえしなけりゃ俺はなんでもいいぜ。お前はパパとママの宝物だってことを覚えとけ」


「スライムをテイムしたらママにも見せてね? 危ないことはしちゃダメよ?」


「うん! 僕、この家に生まれてよかった!」


 相談して正解だった。僕はまだ、前に進めそうだ。

 曇っていた心が、いつの間にか輝いている。僕はなんて幸せなのだろう。

 僕は負けない。世界の常識だろうが変えてやる。

 待っててラビちゃん!

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