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お能登さま、ごむたいな  作者: 金子よしふみ
第一章 お能登さま、恐悦至極に存じます
8/90

当地にて

 一抹をはるかに凌駕する不信のまま、俺がここに住むことが一体何の仕事になり、貨幣が流通するというのか、念のため不平を返信。きっとその返信は来ないだろう。これまでの経験上それは間違いない。これで確定。農作業でも漁業でもない。だから肉体労働をしなければならない懸念は取っ払われた。かといって泳ぐことはない。十一月だから。寒いに決まっている。

「さっき言った『おそらく』ってのは訂正します。がっつり時間あります」

 お能登さまは俺のスマホを見やりながら、

「大丈夫なのか?」

 いささか疑心めいていた。俺の口調がなげやりだったのかもしれない。

「ええ。依頼主です。ただ田舎暮らしを堪能せよとのことです」

 スマホを左右に振って不満の対象がお能登さまでないことを明瞭にした。そのおかげか、お能登さまの納得に明るさが戻った。

「では、いろいろ連れて行ってもらいたい場所がある。かまわないか?」

 これはもう田舎デートで決まりだな。胸が浮き出すのも無理はない。無理はないのだが、

「てことは、一泊ではないってことですか?」

 単純な疑問だった。というより下心の確認だった。

「ああ、数日ということでもなさそうだ。数週間、下手をしたら一か月前後かかるかもしれない」

 お能登さまの用事が何か知れない。広げた巻物とスマホを交互に見やっているから、俺みたいに得体の知れない仕事を任されているのかもしれない。けれどもお能登さまにとっての「下手をしたら」も、俺にとってはまったく下手ではない。むしろ依頼人の要求の方が不鮮明だから、それに惑わされる日々だとしたら、お能登さまといるほうが安寧だ。三日で飽きるような、並みの美しさではないから。

「志朗が気になるようなら私は出る」

「いや、出なくていいですよ。俺も依頼人の要求を真だとすると時間あるんで、むしろお能登さまが気にならないかなと」

 お能登さまはスマホで胸を軽く叩きながら中空を見上げた。

「ならば、厄介になるとしよう。言いたいことがあればなんなりと申すがよい」

 スマホを持つ手を止めて、頭を下げてきた。

「そんな御大層なことしなくていいですよ。それとですね、あらかじめ言っておきますが」

 もじもじしてしまうが、言えと言っているのだから言っておこう。

「下心はありますが、その、変なことはしませんので。イヤ下心と言ってもその変なことの意味での下心ではないので」

 両手を振ってできるだけ訂正がないようにしたつもりが、却って必死さが思春期男子級になってしまった。おかげでお能登さまはきょとんとしてしまっている。が、さすがに大人な雰囲気を十全に醸し出している女性だけあって、

「了解しておこう」

 含んだ笑みでそれだけ言ってお茶を飲み干し、俺に差し出してきた。このいたたまれなさから逃避するにはちょうどいい用事となった。いそいそと台所に戻り、お茶を準備した。ため息と同時に言い方なんていくらでもあったことに頬が熱くなる感じがした。


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