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お能登さま、ごむたいな  作者: 金子よしふみ
第一章 お能登さま、恐悦至極に存じます
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駐車場

 というわけで、その女性を引き連れて駐車場まで。依頼人のセンスを十分知っていたから、ポンコツやド派手ではないだろうと予想していた軽自動車は目をこすって見直すものだった。すなわち、赤だった。並大抵の赤ではない。蛍光かと疑うほどに輝く真紅だった。通常の同型軽自動車の三倍のスピードが出るのかとボケようと思ったが誰もツッコんでくれなさそうなので、飲み込むことにした。駐車場を通った人たちの何人かはさすがにその色合いにくぎ付けになるのを必死にこらえているようだったが、その女性は大して気にする様子はなく、ジェントルマンとしてのマナーとして助手席のドアを開けると、すんなりと着席した。運転席に座ってエンジンをかけてサイドブレーキを解いて、ブレーキペダルの足を、いざアクセルにかけた時、いまさらになって疑問がよぎった。海に近いからハトやら海鳥やらが爽快そうに飛んでいるのが視界に入ったからではない。その女性、荷物を持ってなかった。

「あの……」

 観光目的ならば、あるいはコスプレイベントならば着替えやらカメラやらがあるはずで、女性ならばその上化粧品やらアクセサリーやらも備えているはず。だから不躾ながらそれを反射的に訊こうとして、自己紹介も何もしてないことに気付いたのである。コミュニケーションの順序がでたらめである。

「私は能登と言う。あなたは?」

 テレパシーでもあるのだろうか、先方から名乗ってくれた。超能力でなくとも、船の隣の席になって知り合ったばかりのフリーターに同乗しているのなら、能登さんの言い出しは却って正当な手順である。俺のテンパりの方がおかしいのである。

「羽場と言います。羽場志朗。二十一歳、大学生です。こっちの人間じゃないです。知人から仕事を任されてしばらく滞在するんでやって来たんです」

 合コンの自己紹介の方がもっとPRする。そう言えば、能登さんはこちらの人かもしれないといまさらよぎった。それならば荷物がない説明がつく。とはいえ、それならば改札を出て巻き物を広げてはいないだろうし、こんな得体のしれない野郎に道案内を願い出ないだろう。よって当地在住説は撤回。

 駐車券は依頼主からの連絡でダッシュボードの中にあり、出口手前で減速。財布を出しておいた。いくらかしようとも生活費を出してもらっていたからそこから料金を出せばいい。機械に駐車券挿入。金額はゼロ円だった。一瞬固まった。入庫三十分以内は無料の文字が目に入った。と言うことは依頼主、または依頼主に俺のように仕事を任された誰かが準備しておいたのか。駐車券にはその時間が表記されていたはず。その駐車券もすでに機械の中。悔やまれる。悔やまれるが、もう確かめようがない。へんなところにひっかかっても俺の支出はゼロなのだから喜ぶべきである。どうも釈然としないが。財布をしまって、駐車場を出る。改めて能登さんに、と会話を弾ませようとして、またしてもいまさらに思考停止。そして疑問開始。能登さんは苗字だろうな。下の名前は非公開なのか。俺は名乗ったが。いや、それはそうだろう。お美しい方が無防備にフリーターの誘いにホイホイ乗って来る方がおかしい。個人情報の保護のため、まだ距離感を確かめているのだろう。

「気にしなくていい。能登と呼んでいれば」

 しれっとした言いは、開けた窓から時速五十キロの車内に入ってくる海浜の風みたいだった。だからそこから駄々をこねて名前を教えてくれ、なんて言えるはずもなかった。

「ところで、能登さん。どこに行きたいんです?」

 ちょうどいいタイミングで駐車場から出た途端の赤信号。ナビに目的地を入力する時間が出来た。

「度津神社」

 施設名を入力。ナビ起動。現在地から所要時間一時間。やはり観光か。バス代かタクシー代をケチったのか、能登さん。とはいえ、魅惑的な女性とのドライブは空のように爽快である。赤信号から青信号へ。真っ赤な軽自動車発車。ハンドルはいざ島の一の宮へ。

 その格好でか?

 それは言わないことにした。


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