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お能登さま、ごむたいな  作者: 金子よしふみ
第一章 お能登さま、恐悦至極に存じます
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改札その2

 駐車場に向かったのも同じ理由である。レンタカーよりも勝手がいいだろうと、依頼主から軽自動車を準備してあると言われ、キーも渡されている。こういう段取りをするくらいなら自分が居住すればいいのにと依頼主に問うたところ、「忙しいんだよね」の一言。暖簾をおちょくるようにはためかせて決して腕に触れさせない風のようなはぐらかされ方にも慣れたものである。早朝から深夜までの激烈勤務でもないし、永住でもないと言う。似てはいないが似たような条件ですでに何件かこなしたことがある(なにせしょっぱなからして、怪談めいた事案だったし)。体力的にも精神的にもキツイことはないはずだから、ということで引き受けたのだ。

 無人の改札口を抜け、案内板に従って出口へ向かとふと見やれば、曲がり角の手前で、あの女性が立ち尽くしていた。俺も歩きが鈍くなった。なぜなら、彼女は巻き物を広げていたからである。せめてもの救いは床に届くほどの巻き物ではなかった点である。肩幅に展開されたそこに綴られているだろう文字を目で追っている。それを遠巻きに見る者、通り過ぎてから二度見する者、全く気にせず過ぎて行く者。俺も彼女が隣の座席にいた初見がなかったならば、無関心を装って通り過ぎていたかもしれない。ところが、である。座席が間違っていて一言を交わしたという接点がある。それこそ袖触れ合うのも何かの縁である。困っているなら何か手伝おう。歩みを彼女に向けなおすと、女性は巻き物を閉じて袖の中に入れると、今度はスマホを取り出した。出で立ちからするとさっきの方がマッチしているが現代的ではない。後者の方が当世的である。

「あの、困りごとですか?」

 できるだけやんわりとした口調のつもりだったが、女性は横目で刺すように見てから、俺に顔を向けた。ちらりと見えた巻物にはやはり文字たぶんが書かれていたが流麗すぎていて読めなかった。

「先ほどのお方。いえ、困りごとではない。ただ惑っているだけだ」

 乗船時は一言で気付かなかったが、なんだかこの世の者とは思えない波長の声だった。天女がしゃべったら、こんな感じだろうなと漠然と思ってしまった。そんな印象よりもこの人の単語選択センスはスルーしておくことにした。

「待ち合わせの人が来ないとかですか?」

 質問内容を変える。具体的解決策を練るためである。

「いや、待ち人はいない」

 これは総合案内所へ連れて行くのがベストな案件なのかもしれない。宿をどうするとか、観光施設がどうのだったら、まさしく俺は門外漢である。

「行きたいところがあるのだ」

 予想通りである。それならばと、切符売り場前にある総合案内所とデカデカと看板があるところを指南しようと指を上げようとした。

「案内してくれぬか?」

 漢字表記だと《案内》だが発音は《あない》だった。時代遅れというか時代錯誤というか、時代劇かぶれというか、当地でそんなイベントでもあるのかと、それこそ本当に総合案内所へ預けなければならない事案のようだった。

「礼ははずむ」

 こういう時に彼女がいない性というか、下心というか、条件反射というか、なんともまあ前後見境なく引き受けてしまうのが情けないというか、不徳の致すところというか。しかし、一旦出た言葉は回収できない。その時点ではその気もなかったが。自動車のナビを使えばそうそう迷うことはないだろうし、島内である。日本国内をあてどもなく走るわけではない。


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