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お能登さま、ごむたいな  作者: 金子よしふみ
第二章 お能登さま、ご乱心

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お能登さま、異能力を使う

「はい?」

 袖の中から幾本もの白い糸がまさにロケット噴射の勢いでまっすぐ進んでいった。どこへか、いわずもがな、あの虚像みたいな亀である。現実の岩からもう脱出しかかっていた。糸はその亀に絡んでいった。前進する亀、括った糸を持っているお能登さま。当然お能登さまも引きずられる。とはいえ、一気に前方へ吹き飛ぶのではない、じりじりと地面を踏んだ草履が今まさに煙を出しそうな、それに土を抉っていきそうな感じである。いやいや、どんな怪力だよ。力士が前進する軽トラックをロープを引っ張ってとどまらせるってのはテレビで見たことあるけれども。規模が違う。にもかかわらず、

「ふん!」

 お能登さまの前進が止まった。亀も止まった。

「マジで?」

 お能登さまのこめかみには隆起する血管。もちろん手や前腕にも。止まっているのも必死な様子。それはそうだ。なんといっても岩の亀なんだから。それなのにお能登さまは、どうにかこうにかの全力状態なのに少しずつ体を捩り始めていた。

「お能登さま、もう……」

 それ以上何も言えなくなって、俺も何の助力もできないのにふんばる状態になった。

「お静かに!」

 言って、というよりもはや絶叫とともにお能登さまの格好は背負い投げ状態であった。俺はもう頭を抱えてしゃがみこむことしかできず、というのは状況からして例の巨亀がぶん投げられる以外には見えなかったからだ。ならばとっとと逃げればいいのだが、その図体がどこに落下してくるか予想できない以上動くのは危険を増す。よって座位。図らずもお能登さまの指示通りになったわけだ。防災ヘルメットが欲しいなんてことを思っていたあたり、わずかばかり余裕があったのかもしれない。いや、単なる現実逃避だな。だって若く美しい女性が着物のまま鮪ならぬ巨大亀を釣り上げるような状況だったのである。お能登さまが俺の同居の申し出にのこのこついてきたのも頷ける。俺が何かしてきても(いや、そんなことはしないけれども)、容易に一網打尽できるからだ。

 しっかりと目をつぶっていたものの、いつまで経っても亀は降って来ず、恐る恐る目を開けて見上げた。それからゆっくりと立ち上がった。なぜならお能登さまが一丁上がりとばかりに手を払うように叩いていたからである。意味もなく咳払いをしてから、

「いったい、なんだったんです?」

 辺りを見渡しても動いた亀はいない。というか岩だったのだが。

「現実に岩が動いたのではない。そうだな。志朗に分かりやすく言うと」

 思案気に腕を組んでから、

「岩に宿っていた精霊が動き出したのだ」

 妙案がひらめいたみたいに快活に話してもらったのだが、どうもよく分からない。付喪神的な何かだとしてなんでまたあんなにでかくならなければならないのだ。

「大きな亀の姿をした霊だからな」

 名にし負うにもほどがある。律儀な霊もいたものだ。


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