タイパ
近未来、AIがデザインし機械が作った都市やビルがそびえたつ未来都市。ある大学生が、その頃はやり始めた脳にサイボーグ化技術を用いて自分の脳を改良しようと考えた。彼は金持ちの家の息子で我まま放題。さすがに、親も手を焼いていてこれを打ち明けたとすれば反対されかねないと考えた。というのも、そうした技術はこの頃はやり始めてはいたが、基本的には本来の脳のスペックを度を越して超越しない法律の規制などがあるし、何といっても、リスクがあった。近頃の研究では、人格に影響を及ぼす事もあるとか。
……だが彼には、どうしても人体改造をしたい理由があった。彼は、昔から自分がとろく、マルチタスク的な、二つの事を同時にこなしたりすることを苦手としていた。普通の人間の非ではなく、一つの物事に集中するとそれまでの記憶を飛ばしてしまうほどに、明らかな短所だった。
「ここ最近は、同世代の間でタイムパフォーマンスが重要視されている、様々な娯楽があふれるなかで、話を合わせたりついていくためには、どれだけその消化速度を速めるかが重要だ」
そのために彼は脳の処理速度、記憶能力を機械的に補完しようと考えたのだった。
彼はそのことを恋人にだけ伝えていた。恋人は反対しなかった。しかしなぜか、どこか怯えた目線で彼をみるのだった。
「今のあなたと大きく変わってしまう、そのことだけが怖いわ」
やがて彼の手術は終わり、彼は確かに知的能力が改善され、マルチタスクで物事に挑むことも問題がなくなり、様々な情報を得る時のタイムパフォーマンスがアップした。しかし恋人だけが、その彼に、おびえた態度を見せるのだった。しかし賢くなった彼は、恋人に時折暴力をふるうようになった。まるで昔の自分を見ているようで嫌になったのだった。
ある夜、恋人宅に強盗が押し入る。そして強盗は、恋人を殺してしまった。彼はその翌日事実をしらされ、恋人の家族から恋人の手帳を渡された。そこには日記が書かれており、すべての真実が記されていた。
「彼は、とても賢い人間だったが、自分の優れた知性に酔いしれ、そして自分より劣る存在を見下していた」
その日付は、恋人と付き合いはじめた3年前に記述され、様々な愚痴や、彼に対するネガティブな情報ばかりかきこまれていた、貴族の出の彼とは合わないとか、平民としての自分を認めようと努力しようとしているが、彼の高飛車は治らないとか、そのすぐ1か月ほどあとの記録にこう書かれていた。
「彼は手術を行った、自分の能力を低下させる手術を、これはごく内密に、術後の彼自身にすら隠されるように行われた、彼は……自分の能力があまりに高いために人を見下してしまうから、そのために、自分の能力と記憶を改ざんし“短所”を植え付けるのだ、といっていた」
そして手術後の彼女の手帳にはそれまでの彼に対する恐れや、ネガティブな要素は何も書き込まれず
「彼は変わった」
とだけ書かれていた。
“なんということだ、自分の生まれながらの愚鈍さというのは存在せず、手術によって得たものだったのか、頭の悪さ、愚鈍さは幼いころからのトラウマと考えていたが自分の貴族うまれという立場を利用した結果だった”
恋人への罪悪感や後悔から、彼は再び手術を受けることを決意した。恋人のノートに、自分の後悔と罪を追記して。
彼の邸宅で、彼の父親が、術後の彼の様子を窓から眺めながら、秘書に語り掛ける。
「ふむ、これで奴も真面目に後継者としてやる気を出してくれるだろう」
秘書が尋ねる。
「本当にこれでよかったのですか?」
「ふっ……」
紅茶をすすりながら、小太りにスーツの父親が続ける。
「かまわんよ、昔から高飛車で、いう事を聞かず、困り果てていた、そんなとき貧乏で若くで人間性と芸術的能力に秀でた彼女を用意し、彼にあてがい、彼の欠点をすべて指摘した、最後は証拠隠滅のためにかわいそうな事をしたがな、まあこれも息子のためだ、奴は“出来すぎていた”ために“この世界が退屈だった”だが……多少“バカ”になろうと、奴の能力は人並み外れている、これで息子も実力をだしてくれるだろう、ふふふ」