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僕がずっと死にたかったのは。  作者: 青山葵
第1章 青き春
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青き春・1

始まりの春

 異物感が凄い。


 痛みは無いのに、銀色に光る鋭利が僕の身体を無情にも貫いている。


 何かが刺さっているという不快感と、それを認識した時に、僕の身体からは脂汗が止まらなかった。


 深々と身体に突き刺さる銀色は、痛みを置き去りにして大量の鮮血が溢れ出す。


 銀色に垂れ落ちた美しい紅蓮は、僕の身体を赤く染めあげて、“影”が銀色を引き抜いて、狂ったように僕を滅多刺しにした。


 力が入らない僕は薄れる意識の中でそれを見ることしか出来なくて、影は僕をぐちゃぐちゃに刺していく。


 英雄気取りな影が、振りかざすのは残酷な銀色。


 人生を手放すように、そのまま僕を意識のそこに沈んでいく。


 ──ねぇ。


 一瞬、誰かの声が聞こえた気がした。


 ──僕の。


 それから、通信が途切れる様に何もかも聞こえなくなった。



 意識の底は、自分が夢を見ていたと自覚するが、まだ目覚めたくないという気持ちに見舞われる。


 真っ暗な静寂が何故か心地よくて、今日も死んでいるように生きているんだなって思う。


 そのまま、僕はゆっくり目を開けて、地獄(げんじつ)に意識を浮上させた。





 高校3年生の春、桜が青く見えるような気がしてならない、そんな季節。


 美しい黎明と共に酷い目覚めで、僕はベッドに汚く皺を作りだした。


 悪夢を見た。


 酷い夢だ。寝巻きが汗で滴る程の衝撃と恐怖で勢い目が覚める。


 ベッドの横にかかっているカーテンを覗けば、朝の日差しが淡くベッドを照らしていた。丁度僕は朝に悪夢を見て目を覚ます──それが僕の日常。


 カーテンを開けて、眩しい光に目を細めた。


 ここ最近毎日····血で噎せ返る様な悪夢を見る。誰かに追いかけられて何度も滅多刺しにされて殺される夢。その時の顔も思い出せない。そもそも思い出したくもない。


 夢の中で刺されている場所に酷い違和感を覚える。故に僕はその違和感にただならない嫌悪感を覚えて目が覚める。


 だから殺されてから必ず朝が始まる。何とも滑稽な話だ。望んでもいない明晰夢、それが正夢になんてなったらたまったもんじゃない。


 他人に殺されるのは、流石に怖い。


 冷や汗で塗れた身体で辺りを見渡した。


 朝日に照らされる大量の本棚に並べられている本は、僕の数少ない心の拠り所だった。本を読んでいるその時間こそが、自分の全てを解放させられる気がしたから、幼少の頃から始めた読書の趣味は止めてはいない。

 枕の横に置いておいた眼鏡とタオルを手に取り、汗を拭き取る。時計を見たらまだ7時を回っていなかったのでゆっくりとドアを開けた。


 リビングには····誰も居なかった。


 当たり前かと思い、部屋を出た先にある階段を降りてリビングに向かった。


 僕の家は、タワーマンションの最上階だ。1つのマンションで2階の仕様になっており、階段を上ると各個人の家族の部屋が並べられている。

 所謂、メゾネットマンションというものだ。


 だが、7時を回っても僕以外の人は部屋から出てくることは無く、リビングのソファに掛けられている父のコートは無かった。母も寝室で寝ているらしい。


「どっちも居ない方がこっちとしては安心だよ」


 父はまだ家に帰ってはいなかった。

 僕は父を嫌っていた。母も嫌いだった。

 なんなら恨みすら感じている。

 ずっと復讐をしたいと思っている程だ。


 それはこの生活の代わりに父の暴力を受け続けなければならなかったから、理由は分からない。ただ僕だけが傷付けられる。子供の頃からそうだった。従わなければ手を出され暴力が始まる。従っていても何か行動を起こしたりしても暴力を振るわれる。


 僕の家族······と言うか僕だけがそれの繰り返しだった。


 そう、“だった”。


「お前みたいな奴は、一生帰ってくるな」


 学校の身支度を終えて、マンションのドアを開ける。その長い渡り廊下の先に父は歩いていた。一瞬目があった気がしたが、僕の事は何も気に止めていなかったので逆に安心した。


 僕もそれを気にせずに歩いて横切ろうとすると、急に声を掛けられた。


「おい。玲依(れい)


「何、父さん」


「母さんと命依(めい)は」


「····姉さんも、母さんもまだ寝てるよ」


「そうか」


 そうかってなんだよ。


 お前がこんな状況を作ったのにも関わらず別の世界でいい人ぶってんのか。


仁美(ひとみ)は····もう駄目だな」


 急に母さんの名前出すなよ。気持ち悪い。僕の責任みたいなこと言うな。


「家に帰ってこないで、他の人と別荘で不倫してる人間が哀れみの感情なんて持つの?」


 父は僕の発言に睨みを利かせ、目を合わせて激しく睥睨した。今まで我慢してきた分ふつふつと沸き立つ恨みを僕にぶちまけるかのような目をしていた。


「玲依、お前はもう喋るな」


「やっぱり、僕には発言権すら与えてくれないんだね」


「今日は──」


「僕の言葉すらも掻き消す理解力は尊敬する」


 その言葉の重みは、酷く父にのしかかったのだろうか。父の目は、微塵も色さえ変えていなかった。


 無。


 虚無も虚構も感じさせない。ましてや怒りも憎しみもない様な、ロボットみたいな感情の色だった。何色かと言っても分からない。灰色とでも言おうか。


 父は少し黙り込んでからコートを着直して家のドアを開けた。


「····この後は今日も帰ってこない····邪魔だ。金の代わりに視界にすら入るなと言っただろう」


 ドアが閉まる。また冷たく、静寂な僕の世界が瞬いた様に一瞬で支配した。


「····結局、自分の利益のためだろ」


 僕は、悲劇を演じる為だけに産まれたような人間だった。


 玲依──桜山(さくらやま)玲依、それが僕の名前だ。どのような意図で名前をつけたのかが分からない。


 僕は自分の名前が嫌いだ。


 名前の通り、僕は何も持っていない人間なのかもしれない。


 多分、僕は人間じゃない。


『助けて』や『許して』さえもこの家では通用しない。父が幼少の頃から始めた躾と呼ぶ暴力は主に僕に対したものだった。


 僕は成長して父より力がついたのか、もう手を振るうことは無くなった。──滑稽な話だ。人に散々トラウマを植え付けておいて最後は知りませんって顔をした。


 母も父と一緒になって僕を叩いて蹴ったり、罵声をあびせてたりしていたのにも関わらず、僕が中学2年の時に意味も分からずヒステリック化──重度の鬱病を患った。


 もう一日の殆どを自宅の部屋で過ごしていて、毎日精神安定剤を飲む毎日が続いている。そんな秘密を隠して生きなければならない生活などもはや生き地獄に等しいものだった。


 鬱病になった母は何度も家族と喧嘩をした。


 僕には、少し年の離れた──4歳年上の姉がいるのだが、その姉と毎日喧嘩していた。


 その頃は僕が中学2年生で姉が高校3年生の受験期だった為かその進路に対する争いが激しかった。その中でも僕は何も言えず見ているだけだった。


 僕はこの家では発言権すら与えられないからだ。喧嘩しないで、とか何か言ったら母に『うるさい、喋るな、これは2人の問題なんだ』とか言われて跳ね除けられる。


 その対応にも姉は怒り、何度も喧嘩に喧嘩を重ねていく。

 それから、少ししたら僕は暴力を受けることは無くなった。

 だけど僕は父に何も助けられらなかったし、心配もされなかった。都合のいい事ばかり言って僕の言うことなんて全て無視する。


「結局──僕達は壊れてるんだよ」


 憎悪と、ほかの感情が混ざって、そう僕は吐き捨てた。




 私立星森高校は、僕の家から1番近い高校だ。偏差値もそれほど悪くなく、むしろまあまあ高い方だ。


 制服の改造や髪型も自由になっていて、校則もそれほど厳しい訳でもない。


 世界を塞ぎ込んで勉強しかしていなかった僕にとっては1番無難な高校を選んだ気がする。歩いてすぐの高校だし遅刻寸前でも普通に間に合うからだ。


 これ程中々都合のいい高校に出会える事は無いだろう、皮肉にも僕の家は崩壊している代わりに財はある。


 携帯に刺さったままのイヤホンを耳につけて、携帯をタップする。


 忽ち好きな音楽が自分の世界を支配し、1度僕は瞑目してから深呼吸をした。


 世界を想像するのは簡単な事だ。嫌な事すらも全ていい事に変換出来る、その音楽という媒体を使って想像を形作っていく。


 さらり、とイヤホンから流れて来た歌詞に、酷い重みを感じた。僕にそっくりな言葉、選択を強いられ、愛される為に要らないものを捨てても捨てても愛されなかったが。


 どうしようもなく、行き場のない僕の感情と、携帯からイヤホンを通して流れていく歌詞(ことば)は心に滴り落ちて、波紋を広げる様に浸透する。はらり、と舞散った桜の花弁が青色に見える季節がまた訪れたということを再確認させられる。


 道路に何本も植えられた、桜の木を眺めながら登校する今を映し出している双眸が、繊細に焼き付けるのは、忌々しいくらいに輝いた現在地。


 あの時の姉と同じ歳になって改めて思うことは、早く抜け出したいという焦りだけ。


 自分の世界で出来るだけ遮断した瞼に映る外の世界。


 そうすれば学校に着く少しの時間も有意義に過ごすことが出来るからだ。


 この家庭環境でクラスの中心みたいな立ち振る舞いが出来るはずも無く····僕は所謂影が薄い存在の、陰キャラだった。




 学校に着いて、教室の自分の机に腰かけるとまず初めに始める事は読書だ。敢えて僕は早い段階に学校に行って自分の世界に入る事だけが人生を生きている理由とも取れた。


 窓側に席がある僕は、煌々と照らす朝日が視界に孕んで、本の文字が眩しさで剥がれ落ちる。


 黄色い朝日は、赤い血が通う僕の黄色い肌に解けて熱を伝播させる。


 その中でも自分の思考だけはやめていなかった。暴力を振るい続け、家族(ぼく)をゴミ同然のように捨てて知らんぷり、それ以上に金を持っている父、目にはもう光を灯してなどいない母、姉の命依などその中でも1番酷く、当時高校3年生だった頃に姉さんは他人と交わる事を覚えてしまった。清楚の姿で偽ってはいるが何人もの年上の男と援助交際を重ねる様になった。


「あれ、レイ君! おはよう!」


 そして僕は、その金持ちであるという境遇から様々な女性に言い寄られて、女性不信になっていた。


 学級委員長の万屋涼奈(よろずやすずな)、皆からスズなどと呼ばれている。


 彼女とは、2年の時に同じクラスになり、3年のクラス替えでも偶然にも同じクラスになってしまっていた。


 どこからか僕に話しかけたりして、趣味の時間を削がれ度々うんざりしている。


「──何の、用かな」


「レイ君がなんで毎日こうやって朝早くから本を読んでるのかなーって思ったの」


 そんなの、絶対僕に近づく為の口実だ。


 そういう奴らを僕は腐る程見てきた、ただの好奇心で僕に近付いてきていると、認めたくないがそう見えてしまう。


 僕は、彼女の姿も見ずに答える。


「ただ、本が好きなだけだよ。それに、僕は君が思ってる様な人間じゃない」


「じゃあ、私が見ている桜山玲依(さくらやまれい)君は虚像って事なの?」


 めんどくさいな。

 一々話しかけるなよ。


「そんな感じでいいよ、スズさん」



 僕が見ている春は、全く桜色など見えない青色をしていた。ただの比喩表現ではあるが、そう比喩してしまう程僕の季節、生活、全てにおいて意味を成していなかったからだ。


 だから、青色。虚無の色。


 全てが虚空の、赤より不吉な青い色。


 そんな青い春へと、永遠と色付かない世界に目を向けても無駄な事だった。


 別に高3だし、受験期だし、そのような事を考えるより知識を深めて、自分が見てきた汚い世界から抜け出したかった。


 どれだけのスピードで、僕の元から離れていくのだろうか、自分から動けないのは分かっていても、僕の“不器用”が全てを遠ざけていた。


 静寂から漸次喧騒へと変わっていく教室内、その中でも僕はずっとひとりでイヤホンを付けて読書に勤しんでいた。


 別に僕は厨二病では無いし、それがかっこいいと思ったことも1度もない、だがそうまでして見ている世界から出来るだけシャットアウトしたかった。春休みが終わり、学校が本格的に始まれば嫌でも現実を見ることになってしまうし、学校が終わったあとが本当の地獄ということは僕も分かりきっていた。


 あと1年、それが続くとなると、死にたくなる。


 暴力は無くなったとしても、自分の家が大嫌いだった。いっその事この世界ごと消えてくれないかと思う。息もすることすら辛い。


 だから自分で自分を否定するしかない。


 それしか、否定することしか、自分で自分である事を肯定するものがなかった。


「おはよー、今日はマッキー居ないんだね」


 僕の席の近くで、僕とは全く違う雰囲気と色を放っている女性のクラスメイトが、話をしていた。


 どうやら、彼女の友達が休んだらしい。


「そうだね、マッキーが全く珍しい」


「多分体調崩したんじゃない? 皆勤賞が無くなっちゃうくらいの」


「昨日は来てたのにねー」


 昨日の初顔合わせの時は、僕は体調不良で休んでいた。


 だから、実質2日目の今日が初顔合わせになる


 マッキー、誰だ。

 牧野? 牧田? 牧原?

 それとも下の名前で牧人とか。

 そんなマッキーなんて言う名前は1度も聞いた事がなかった。


 そんな在り来りでも渾名を横でキャピキャピしたクラスメイトが話してても僕からしたら嫌悪感が増すばかりだった。


 まあ、それを知らなかったのは、僕が昨日体調不良で休んでたというのもあるだろうし、休んだ僕にも悪い所はあるのかもしれない。


 ホームルームが始まり、担任の先生が今日の予定などを説明していると、マッキーとやらの欠席の報告を聞いた。担任ですら渾名で呼ぶとは、どれだけマッキーは好かれているのか。


 僕の予想は牧野という予想を立てて、先生の話を聞いていた。


 と言うよりかはクラス替えで、新しいクラスになって2日目なのでまだ全員の名前など覚えていなかったし、スズさんとちらほらいる人は1年の頃同じクラスだったから僕に面識があるだけだった。


 それでも何故新クラス2日目でマッキー呼ばわりされなければいけないのか。


 それ程初めから親しげに接する人など、見たこともなかった。


「今日は配布物が多いから、マッキーの家に誰かプリントを届けてくれる人居るか?」


 マッキーの席は僕の後ろの席だった。


 どこの偶然か、言われた住所は僕の家からも近いらしい。


 はぁ、と僕はため息をついて手を挙げた。


「先生、僕行きますよ」


「お! 玲依、ありがとう。丁度家から近いから手を挙げてくれるのを待ってたんだ」


「は、はぁ」


「まあ取り敢えず頼んだぞ、放課後マッキーの家に行って行ってやってくれ」


「はぁ······」


 恐らく手を挙げなくても強制的に僕にこの仕事を押し付けるつもりだったのだろう、恰も「早く手を挙げてくれて時間が省けた」と言わんばかりの口ぶりだった。


 ホームルームが終わったあと、あのキャピキャピしたクラスメイトが僕の方に寄ってきた。


 顔は僕でも認めるくらいには整っていて、茶色い髪に茶色い目をした完全に陽の世界にいる女性。


 正直、彼女のような人種は一々人の懐に入らないと話せない生き物なのかと思ったりもしたが、それを言うのは必死に我慢した。


「ねぇレイ君、本当にマッキーの家行くの?」


「そう決まったから行くしか無いと思う、そのマッキーとやらの友達?」


「ま、まぁそうなんだけどさ」


 クラスメイトは少し黙り込んだ後、口を開いた。


「私さ、マッキーの家行ったこと無いんだよね」


「····ついて行きたいと?」


「いや、まぁね? 興味あるかなーって」


 内心僕は、とても気持ち悪いと思った。


「ちょっと遠慮して貰ってもいいかな、僕は先生に頼まれたからやってるだけで君が介入する事は無いと思うんだ」


「そ····そうだよね····ごめんね」


 僕も冷たい口調で言ったせいか、少し悲しそうな顔で離れていく彼女を見て、その後に目線を移した。僕は貰ったプリントの封筒をまじまじ見る。そこにもプリントと書かれて、本名や、マッキーすら書かれていなかった。


 どんだけモテてるんだ。マッキーは。


 少ししょんぼりした様な顔で女子は僕の方から離れていく、これでいい、マッキーとやらの家に行くには女性など不要だ。こんな陽キャラが作り出している空気を吸ったら僕までも変な方向に染まってしまう。


 今までもこうやって近付いてきた人は多かったからだ。女子は僕の本質じゃなくて、見ているのは僕の金だ。所謂玉の輿──と言うものらしいが、その嫌な思い出が変にフラッシュバックしてしまう。


 中学生の頃、同じクラスの女の子に、そのような事を言われて、その頃からだ。


 だからいつの間にか、女性などという生き物は大嫌いになっていた。


 女性不信と、女性恐怖症を併発した様な感じ。この不快感は誰にも理解して貰えない。他の人から見たら、適当を言う愉快犯だ。


 狂った家族をたどった末に、僕は重度の女性不信····この家庭環境と境遇から作られた桜山玲依という本質は、負の連鎖だった。


 はぁ、とまた溜息を吐く。


 周りを見ると、様々な感情が薄い色と共に見え隠れして、目を塞ぎたくなった。──目を塞ぎたくなるのには、僕の目にあった。



 何故か、僕には人に取り巻いている色が見えた。


 それが人が今何を思っているのか、どんな感情として色が見えるのか、というものだと分かるのには、あまり時間がかからなかった。


 何かきっかけがあった訳でもないけれど、人の感情が色として見えた。そして、人の動きも、仕草もはっきりみえるようになった。故に僕は、人の動きというものがとても不快に感じるようになってしまった。


 その人を見ると必ず色になって浮かび上がってくる。


 だるいとか、気持ち悪いとか、目の奥にある感情が色となってが見え隠れする。


 今は伊達だが、眼鏡を掛けていてあまり見えなくしているが、それが眼鏡をとったら酷い。意識しなくても全て見えてしまう、だから視力も悪くないのにわざと伊達眼鏡をかけてそれが見えるのを隠しているのだ。


 幼い頃から苦しい感情ばかり背負わされてきた僕は誰にも誉れを受けること無くここまで来た。そんな感情が分かってしまうのは嫌だから、隠して騙して来た。それでも目を凝らすと嫌でも眼鏡越しに見えてしまうのだ。


 だから、父がどんな感情をしているのか分かった。


 それが地獄の家庭環境で育った僕は敏感になっているだけで怖い感情だけが背中に纏わりついている。


 人の目を合わすだけでも怖い僕は眼鏡をかけてそれを隠しながら生きているのだ。


 何とも、馬鹿馬鹿しい話だ。


 僕に近付いてきた女性は、全員そういう色をしていた。金に目が眩んだ感情、ドロドロになった色。それが見えた瞬間、吐きそうになった。


 それが重なったが故に、僕は女性は愚か、根本的な人間というものを信じることを辞めた。



 突然僕の携帯が鳴った。


 ラインだった。


 宛先は姉からだった。


『今日は遅く帰ってきて、お母さんの用事とセットで入ってるから7時くらい』


 それを見て僕は少し笑った。


「今日“は”じゃ無くて今日“も”だよね」


 壊れていく家族に、僕はもう何度も手をかけようとした。何度も刃物を自分の部屋に持っていった。それか何度もマンションの屋上から飛び降りようとした。


 姉さんすら、壊れてしまった。


 でも、姉さんの事は、どんなに家族が憎くても殺そうとは思えなかった。


 姉さんだけは、死んで欲しいとは思うことは無かった。


 だからできなかった。


 そして、僕も自ら死ぬことが出来なかった。

 簡単だ、単純に死ぬのが怖いからだ。


 死んだら人はどこに行く、地獄は本当にあるのか、報われないまま終わって良いのかと僕の頭にその考えが簡単に錯綜して頭をショートさせる。


 今までも何度も変わろうとして色んな事をやった。だけどその全てを家族に全否定された。理不尽な理由をつけられて殴られた。


 それは母親の鬱病が発症するまで続いたから、中学2年まで僕の体は痣だらけだった。


 変わろうとした途端に大人がそれを邪魔をする、無理矢理強制的に敷いたレールの上を歩かそうとさせる所業を見て、僕は玩具かよと。


 多分、それを悟りきった中学生の時からもう、家族に対して無駄な感情や、それに対して反駁する──などといったモノはもう無くなった。


「なんで姉さんも壊れたんだよ·····」



 でも。



 それ以上に今日も明日も、何も変えられない僕を、1番呪った。

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