白き夏、黒き影・8
焦燥
いつも通り残りの授業を終えて、帰る準備をしていた僕は、不意にスズさんが僕に対して言っていたことを思い出した。
体育館裏に集合と言われた後に何も音沙汰もなかったからすっかり忘れていて、今思い出さなければ足を運ぼうとも思わなかったかもしれない。
別に、何かを期待しているわけじゃない。
どちらかと言うと僕はスズさんのことが苦手で、かなり壁のある接し方をしていると思う。多分彼女にもそれは伝わっていて、今までずっと今日みたいに長く話してこなかった。
不意に後ろの茉姫奈の席を見ると、茉姫奈はバッグもない状態で席も綺麗に片付けられていた。
つまり僕が帰る準備をしていた時から帰っている事になる。
何もすることがない僕は帰るスピードはお世辞ではないがかなり自信があった。
自虐になってしまえばそれまでだけど、茉姫奈と那由さんも僕のペースに合わせてくれていたから、かなり不審に思ってしまった。
那由さんも席を立っていてもうどこかに行ってしまっているのを見て、僕もリュックに急いで教科書を詰め込んだ。
何故か虫の知らせの様に、僕は焦った感情が先走っていて、急いだ手つきが教科書を何冊かリュックから落としたりして、逆にペースを遅くさせた。
すぐ無造作に教科書を詰め込んで詰まる息を飲み込んで走り出した。辺りを見渡しても那由さんの姿はなく、完全に見失ってしまった。
僕は1つ息を吐いて、諦めて体育館裏に向かう事にした。
気分は中々に落ち込んではいたけれど、様々な作品はその心情的に雨や曇りの情景を映すのが鉄板となっているのだろうけど、今日は腹立つくらいに綺麗な夕焼けが廊下の窓に差し込んでいた。
僕の落ち込んだ気持ちは、ことごとく夕日に焼き尽くされて焦げて見えなくなる。
俯瞰的に見ると、美しい情景が拡がっているのだろう。
紅蓮に染まった綺麗な廊下、様々な感情の色が行き来する空間に1人隔絶され、取り残されている1人の人間。
それを絵画かイラストにしたら、大層綺麗な描写の作品が出来上がるだろう。
「レイくん」
声の先には、スズさんが立っていた。
「····スズさん」
「遅いから迎えに来ちゃった。どうしたの、外見てたそがれちゃってさ」
「いや、考え事してただけだよ」
「ちょうどいい所だから、来なよ。着いてきて」
「だから、なんの用が──」
「すぐ分かるって」
曖昧な答えに、僕はさらに困惑する。
だけど、踏み込んで聞けなかった。
僕はただスズさんの後ろを着いていって、体育館裏に目指すだけだった。
すると不思議なことに、スズさんが提示した場所には那由さんも居て、僕たちはそこに鉢合わせる形になった。
「えっ」
那由さんがいた事には少し驚いたが、早く教室から出た理由の辻褄も合ったからか、すこし安心していた。
「玲依くんもスズに呼ばれたの?」
「あ、うん。何故か僕も呼ばれたんだ」
那由さんは、僅かに緊張感を漂わせていた。
色的にも緊張の色が見える。
心なしかすこし腕が震えていた気がした。
「まだ少し待ってね」
とスズさんに言われると、少し時間が経つと奥の角の方で砂利を踏む足音がした。
そこに恐る恐る顔を出すと、バッグを壁にかけていて、携帯をいじっている茉姫奈がいた。
僕の横で見ていた那由さんは、何かを察したように茉姫奈を見守るような目で見つめていた。
状況に混乱した僕は後ずさりしながらえ、と声を出しそうになってスズさんに口を塞がれた。
一瞬頭が混乱してスズさんの方を殺気立った目で睥睨した気がする。いやそうしていたと思う。
警戒している僕を宥めるように少し小悪魔的な笑みで僕に「しーっ」の合図を無音で送った。
状況を少しづつ呑み込め始めた僕は頷き、やっと口を解放してもらった。
鼻で呼吸はできていたからあまり息苦しくなはいけど、突然後ろから口を塞がれたからか、心臓が早鐘を打っている。
僕も謎に思い緊張感に押し潰されそうになり、今からでもここから立ち去りたいと思ってしまう。
もう一度スズさんを見た。
スズさんは僕に小さい声音で。
「多分、もうすぐだから、目を逸らさないでね」
と言って、那由さんの所に歩き出した。
一体何が始まるのだろうか、僕の中に渦巻く不安は、夕暮れの太陽に焦がされて消えていく。
焦燥と、不安が錯綜して心臓の鼓動を落ち着かせてくれない。
別に何かを勘繰っている訳でもない、ただ茉姫奈や那由さんから少し感じる緊張と不安の色が、僕の焦燥感を煽らせていた。
もし、スズさんが僕達を裏切って茉姫奈や那由さんに酷いことをするのなら、何を信じて生きたらいいか分からなくなる。
でも、まあまず、彼女の言葉におめおめと着いて行った僕も悪いのだろうけれど。
「おい、マッキー!」
数時間前に、聞いたことのある声だった。
嫌な予感が、的中した気がした。
那由さんの元に行って角の先を見た。そこには僕に詰め寄って、胸ぐらを掴んできたクラスメイトが、威圧感のある雰囲気で茉姫奈の前に立っていた。
僕達は2人の横姿を見るようにして様子を伺っていて、威圧する様なクラスメイトの顔に萎縮し、茉姫奈の顔はすこし強ばっているようにも見えた。
茉姫奈も女性にしては背は相当高い方だが、対峙しているクラスメイトはそれをゆうに超える身長差と体格差であり、改めて見るとこんな人が僕に詰めてきたと思うと正直ゾッとした。
「あれって」
すると那由さんが答えた。
「金城っていうクラスメイト、ずっとマッキーを狙ってたらしくて、マッキーはずっと彼の誘いを断ってたらしんだけど····」
「那由ちゃんとマッキー居なかった昼休みにレイ君、金城くんに詰められてたもんね」
「それは····」
「え、アイツにそんなことされてたの? 尚更許せないんだけど」
でも、今この状況で衝動的に身を乗り出してしまったらいけないということを那由さんは分かっていた。
那由さんは、金城くんの事をあまり良く思っていないのは雰囲気と言動からして読み取れる。
那由さんは金城くんを茉姫奈から離れさせるきっかけを待っているのだろう。
だからこそ、今姿を現したとしても、何にもならない事は那由さん自身が1番分かっているはずだ。
那由さんは金城くんを激しく睥睨したまま、そのままその状況を見続けていた。
僕も、那由さんと同じで、見続けることしか出来なくて。
打開策を考え続けて、ついに思考がほとんど止まっている状態の時に、スズさんが追い打ちをかけるように僕と那由さんに言った。
「偶然聞いちゃったんだよね、朝の時間に」
「何を?」
僕は焦りと張り詰めた空気から出る緊張感で心臓の鼓動を速めながら、スズさんの言葉を問い返した。
「レイ君が腹立つから体育館裏に呼び出して、マッキーに告白するって、それで断られたら襲って無理やり動画とか撮って断れなくするって、周りの人達に言ってたんだ」
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