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女神のサイコロ  作者: チョッキリ
第10章 オハイ湖
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第17話 解散

―――― オハイ湖 魔神教アジト 実験場 午前 (クエスト20日目)――――



「・・・・・・・・・!!」


 グラシアナは自分の胸に突き刺さった鋼の剣とルッカを見比べる。


 背中まで剣がしっかりと貫通しており、間違いなく致命傷。


 死にゆく身体がせめて苦しまないようにと脳内麻薬を大量に分泌しているのか、(しび)れたような痛みが多少あるものの、ジルベルトと戦って殺された時程の痛みはない。


「ルッ・・・カ・・・」


 グラシアナは目の前にいるエルフの少女の名前を呼ぶ。


 必死で笑って見せているが、目には涙を浮かべ、震えている愛しい少女の名前を・・・。


 名前を呼ばれたエルフの少女はビクッ、と肩を震わせる。


 まるで悪いことをして母親に叱られるのを恐れているような、そんな表情。


 それが可愛らしくて、愛おしくて・・・




 結局、彼女のことをただの観察対象と割り切ることができなかった。


 場合によっては抹殺の対象になるにも関わらず・・・。




 ・・・どの道、アタシは「彼」(ディミトリ)からの任務を全うすることはできなかったわね・・・。


 グラシアナはゆっくりと微笑む。


 そしてルッカの肩を(つか)み、こちらへ引き寄せる。


 その力でズズズズズ・・・と身体に鋼の剣がさらに奥まで突き刺さるが、それでも構わず、グラシアナはルッカをしっかりと抱きしめた。


「やめッ・・・」


 ルッカはその腕から逃れようとするが、ぎゅっと抱きしめてグラシアナは離さない。


 今の弱ったグラシアナの腕力ならば、ルッカが本気で抵抗すれば逃げられるはずだが、それをしないのは彼女にも迷いがあるからか・・・。


「ゴホッ・・・ゴホッ・・・ご、ごめ・・・なさい・・・」


 グラシアナは喉の奥からせり上がってくる血を吐き出しながらルッカに謝罪する。


「!!」


 ルッカは歯を食いしばりグラシアナを睨みつける。


 グラシアナは口から血を流しながらルッカの顔を見つめる。


 申し訳無さそうに。


 そして、ルッカの頬に自分の頬を重ねた。


「離して!離してよ!!!」


 ルッカは鋼の剣を(つか)んだまま、悲鳴に近い声を上げる。


「出会った時から・・・全部・・・全部全部全部全部ぜーーーーーーーーーーんぶ・・・(だま)してたんでしょ!?」


 ルッカは涙を流しながら叫ぶ。


「・・・そうよ」


 グラシアナは顔を歪めながら小さく呟く。


「出会ったところから・・・私を『風神』の妹だと知って近づいた」


「・・・そう」


 グラシアナはルッカの推理を肯定する。


「だからお姉ちゃんのことを調べて回ったジルベルトを殺した」


「・・・その・・・通りよ」


 グラシアナはぜぇぜぇ、と苦しげに呼吸しながら頷く。


 ルッカの目から止めどなく涙が(あふ)れる。




 やはり・・・


 やはりそうなのか・・・




「全部・・・全部、これまでのことは姐さんが仕組んだことだったのね?」


「・・・・・・・・・ルッカ」


 グラシアナは震える手でルッカの涙を(ぬぐ)う。


 この質問には肯定も否定もできない。


 「彼」(ディミトリ)を裏切るわけにはいかない。


 それは・・・それだけは絶対に・・・。


 だが、ルッカはそれを肯定と受け止めたのか、鋼の剣に力を込める。


 ズブブブブブ・・・


 鋼の剣の刃がゆっくりとグラシアナの身体の中へと沈んでいく。




「嘘つき!裏切り者!人でなし!!!好きだったのに・・・好きだったのに・・・好きだったのに!!!!」


 ルッカは鋼の剣を刃の根元までグラシアナに差し込んで叫ぶ。


「死ね死ね死ね死ねッ!!!死んじゃえ、嘘つき!!!」






 ああ・・・


 グラシアナは目を閉じる。


 あの優しくて純真な彼女がこうなってしまう程、アタシはルッカを傷つけたんだ・・・。


 ルッカの怒りを、憎しみを、恨みを、悲しみを・・・


 鋼の刃とともに受け止めたことで、改めて実感する。


 里を失い、家族を失い、見知らぬ土地に一人でやってきた彼女を・・・


 居場所を求め、孤独に打ち震えていた彼女を・・・


 アタシは(なぐさ)め、その心の隙間(すきま)に入り込んだ。


 そんなことをしたら(あらが)えないと「彼」(ディミトリ)に救われたアタシが誰よりもわかっているのに・・・






「・・・・・・・・・アナ!!!グラシアナ!!!!!」


 ヴァルナが、オルロが、ユージンが、遠くの方でアタシの名前を呼んでいる。


 ユージン・・・多分、アンタ、口の周りゲロまみれよ・・・。飛び散ったら嫌だからせめて口を拭いてからこっちきなさいよ・・・。


 死ぬ間際にも関わらず、そんなことを思って心の中でクスリ、と笑う。


 しかし、それを顔に表出する力すらもう残っていない。






 ・・・あの子(ルッカ)はまるで昔のアタシを見ているようだった。


 居場所を求めているくせになかなか素直になれず、差し伸べてくれた手を何度も振り払い、疑って、それでもちゃんと手を伸ばし続けてくれるのかどうかを試す。


 それでも自分を肯定し、愛し続けてくれるとわかったら、途端に依存して盲目になる。


 最初の検閲(けんえつ)が厳しい分、一度内側に入り込めば疑うことをしない。


 手に入れた居場所にみっともなくすがりつき、その居場所が無くなることをなによりも恐れる。




 自分の命の灯が消えていくのを感じる。


『魔神の加護』があるから正直、これで本当に死ぬかどうかはわからない。


 いや・・・今日のグラシアナは溺愛(できあい)されているといっても過言ではないほど魔神ウロスの寵愛(ちょうあい)を受けている。


『魔神の加護』が発動して、生き返る可能性は低くない。




 正直、ルッカになら・・・


 ルッカにならば殺されても構わない。


 仮に復活したとしても、何度でも気が済むまでアタシを殺しても構わない。


 「彼」(ディミトリ)に会えなくなるのは嫌だが、それでもルッカになら無抵抗で殺されよう。


 でも・・・




 優しい彼女のことだ。


 さっきの反応を見てもわかる。


 気が狂ったように振る舞っていても、ちゃんと自分が残っている。


 そんな彼女はアタシを刺したことを後悔するだろう。


 そしていずれ、彼女は自分の犯した罪の重さを抱えきれなくなる。




 ・・・だから私は死ぬわけにはいかない。


 私は彼女の恨みを背負わなければならない。


 彼女の新しい生きる意味を作らなければならない。









――――――――――― ??? ―――――――――――



 目の前に白いなにも無い空間が広がっている。


『よう・・・。また会ったな』


 そこに立っていたルッカの格好をした魔神ウロスが手をひょい、と上げる。


 まるで旧知の友人に道端で偶然出会ったような気安さだ。




「・・・アンタ、趣味悪いわよ」


 グラシアナは魔神ウロスの姿を見て顔をしかめる。


 確かに次はもうディミトリの姿で現れるな、とは言ったが・・・たった今、グラシアナを殺した張本人の姿で出てくるのはいかがなものか。


 間違いなくグラシアナのこの反応を見るためだけに選んでいる。


『おいおい、グラちゃん、俺、一応これでも神だぜ?「アンタ」はないだろ。あと敬語。いくら俺とグラちゃんの仲でも、立場はしっかり線引きしとこ!』


「・・・だったらもうちょっと尊敬されるように振る舞ってくださいよ」


 グラシアナは髪をかき上げ、ため息をつく。


 ルッカの姿をした魔神ウロスは「へいへい」と舌を出し、そして真顔でグラシアナに向き合う。


『・・・それにしても本当に早すぎる再会だぜ?お前、命は大事にしろよ~。俺だって一応封印されてんだから、いくらお気に入りのお前でもホイホイ復活させてやれるわけじゃないんだぜ?』


「・・・・・・悪かったわよ」


 グラシアナは頭を掻く。


「・・・でもそもそもアンタが向こう(ロザリーたち)にも肩入れするからこっちは死にかけたわけだけど?」


『それはお前・・・そっちの方がおもしろ・・・じゃなかった。神は信じるものには平等なんだよ。こっちはこっちで仕事してんだ』


 ウロスは腕を組んでもっともらしく頷く。


 グラシアナはため息をついてやれやれ、と首を振った。


「・・・まあいいわ。で、どうする?今回は生き返らせてくれるの?くれないの?」


『だ~か~ら~!!神様には敬語ッ!!!・・・まあいいや。実際どうなん?生き返りたい?』


 魔神ウロスはルッカの姿でプリプリとあざとく怒って見せてから、表情をさっと切り替えて首を傾げる。


 その陽気さが、現実世界で向き合ったばかりのルッカの様子とあまりにも異なり、正直、違和感しかない。


 だが、それにツッコミを入れるとまた長引くので、あえてスルーしてグラシアナは頷く。


「・・・今回はちょっと死にたくないわね」


『・・・うん、そっか。・・・それがお前の答えならば生き返らせるけどさ・・・』


 魔神ウロスは言葉を区切る。


「?」


『お前、気づいてるだろ?生き返ったところでお前はあとそれほど長く生きられないぞ』


 魔神ウロスは真面目なトーンでグラシアナの左肩と右の太腿(ふともも)に巻き付いた神器の包帯を見て指摘する。


「ああ・・・これ?・・・やっぱり?」


 グラシアナは左肩に触れる。


『神器を身体の中に取り込むとか無茶し過ぎだ。よりにもよって『魔力喰らい』を・・・』


 魔神ウロスは『お前、意外とクレイジーな奴だな』と肩をすくめる。


「やっぱりこれ、神器なのね?」


 グラシアナは魔神ウロスの言葉で確信を持つ。


 この魔神ウロスを倒すために神々が作り、人間に与えた武器が神器だ。


 魔神ウロスが言うのであれば間違いなくこれは神器なのだろう。


 この神器を取り込んでから・・・ここでは痛みがないが、現実世界では脳を刺すような痛みが常にあった。


ライラ(賢神)のヤツが作った神器だな。アイツの眷属(けんぞく)どもはアホほど魔力(MP)があるからな。・・・それ(・・)は名前の通り魔力(MP)を喰らう神器だ。身体の中にあれば、魔力(MP)を生成した(そば)から喰われちまう』


「・・・生き返ったとして、私はあとどれくらい生きられるの?」


 グラシアナは気になっていたことを魔神ウロスに問う。


 魔神ウロスは肩をすくめる。


『・・・さぁなぁ~。できるだけ魔力(MP)を使わないように生活したとして5~10年そこらじゃねぇか?』


「アバウトすぎない?5年も違うと結構違うわよ」


『神からすれば鼻ほじってる間に過ぎちまう時間よ』


「・・・ちょっと、ルッカの顔で鼻ほじるのはホントにやめて」


 ルッカの姿で人差し指を鼻に突っ込んで見せようとした魔神ウロスをグラシアナが睨む。


『へいへい。・・・じゃあ、くれぐれも気をつけろよ。できればお互い生きて再会しようぜ』


「・・・できる限りのことは致しますわ・・・魔神様」


 グラシアナは頭を下げる。




 そこで意識が途切れた。









 ―――― オハイ湖 魔神教アジト 実験場 午前 (クエスト20日目)――――



 黒い煙がグラシアナの胸から立ち昇る。


「!?」


 グラシアナの死体がガクガクと揺れ始める。


 黒い煙に触れてはいけないという直感から、ルッカは思わず鋼の剣から手を離し、後ろに飛び退いた。


「グラシアナァァァァァアアアーーーーーッ!!!」


 ルッカは憎しみを込めて叫ぶ。


 そして背中から弓を取り出し、矢を(つが)えた。


 復活した瞬間にグラシアナの頭を射抜(いぬ)こうとしているのだ。


「やめよっ!!!!」


 ヴァルナがそれを阻止しようとルッカに飛びつく。


「邪魔するなぁぁぁぁぁぁああああ!!!」


 ルッカが叫び、ヴァルナに止められる寸前で矢を放つ。


 その矢は正確にグラシアナの頭へと向かって飛んでいった。




 しかし、黒い煙がその矢を(はば)む。


 矢は黒い煙に触れると真っ黒に染まり、消滅した。




『魔神の加護』は混沌の神―――魔神ウロスの力。


 その力の発動は只人(ただびと)には止めることはできない。




 黒い煙によってグラシアナの肉体の再生が始まる。


 (つば)まで深々と刺さった鋼の剣がゆっくりと後ろへ押されていき、やがてガラン・・・ガラン・・・と音を立てて(さび)色の金属質の床へ落ちる。


 身体に開いた大穴や傷ついた臓器が修復されていく。


「「「「・・・・・・・・・」」」」


 ヴァルナ、ルッカ、オルロ、ユージンはそれをただただ見守ることしかできなかった。




「・・・・・・・・・」


 やがて、黒い煙が霧散していき、同時にグラシアナがゆっくりと目を開ける。


 目の前でまるでこちらを別の生き物のように見つめるパーティを見て、彼女は「そうか・・・」と呟く。


「・・・生き返ってしまったのね」


 グラシアナは自分の身体にどこにも異変がないことを確認する。


 相変わらず神器を取り込んだ影響で、脳を刺すような神経の痛みはあるものの、ロザリーのような異形の姿にはなっていない。


「グラシアナァァァァァァアアア!!!!」


 ルッカはヴァルナに羽交(はが)()めにされながらも尚、歯をむき出しにして憎しみを込めた目で睨む。




「・・・グラシアナ、聞かせてくれ。お前は魔神教なのかもしれないが、「俺たちの仲間」だよな?」


 オルロがグラシアナを真っ直ぐ見据(みす)えて問う。




だった(・・・)んだよな」ではなく「だよな」と聞くところが彼らしい。


 まだ仲間だと信じてくれているのか。




 グラシアナは心が締め付けられるような思いを隠して、首を振る。


「・・・違うわ。アタシは「組織」の命令でアンタたちを護衛していただけ。理由は知らないし、知っていても教えられない」


 努めて冷たい声を絞り出す。


「仲間だよな?」というオルロの言葉を否定するのは想像以上に苦しい。


 声は震えていないだろうか?


 顔は引きつっていないだろうか?




「アタシは最初から「仲間」じゃない。・・・正体がバレた以上、「冒険者ごっこ」もこれでお終いよ」




 努めて悪役に徹しろ。


 憎まれろ。


 嫌われろ。


 私はそれだけのことをした。


 今更仲間に戻りたいなんてムシの良いことなんて言えない。


 それにこのパーティを抜ければその後は敵同士だ。


 変な情を残すことはお互いになんのメリットもない。




「・・・本当にそうか?」


 ヴァルナがルッカを羽交(はが)()めにしたまま、グラシアナにポツリ、と問う。


「・・・お主にとって(わし)らの冒険は「冒険者ごっこ」だったか?」


 ヴァルナの鋭い眼光がグラシアナを射抜(いぬ)く。


 全てを見透かすような目。


 ・・・このドワーフの女剣士はこういう時、本当に怖い。


 まるでこちらの心が丸裸にされているような気分になる。


 彼女は野生動物と同じだ。


 彼女に嘘はつけない。


 だから彼女の言葉にはあえて嘘はつかない。


「・・・そうよ。一緒にいて2ヶ月くらいかしらね。でも、とっても楽しかったわ」


 本当に・・・


 本当に楽しかった。


 この数年・・・いや、人生で「彼」(ディミトリ)と一緒にいる時の次に楽しかった。


「儂にはお主が今まで手を抜いて戦っていたとは思えなんだ。・・・どうやって力を隠していた?」


「・・・それは・・・」


 機密事項だ。それは言えない。グラシアナは言いよどむ。


「・・・左足の包帯の下にあるなにかか」


「!?」


 ヴァルナは静かに呟く。


「お主の力が戻った時、左足が光っておった。湖を泳いでいた時、お主が包帯をしていたのが気になっての」


「・・・なにもかもお見通しか。そう・・・」


 グラシアナは左足のブーツを脱いで、その下に巻いてある包帯を(ほど)く。


「!?」


 ユージンがその包帯の下のものを見て密かに反応する。


 そこには蜂の巣の模様の刺青と、その上を覆うようにしてユージンと同じ魔法刻印が施されていた。


 ただし、効力の切れた魔法刻印はユージンのものと比べてかなり薄くなっている。


 もうじき消え去ってしまうだろう。


 グラシアナはユージンをちらりと見て、僅かに目を細める。



 せめて・・・アンタも苦しみなさい。



 この期に及んでも安全な位置から見物するユージンに対して、グラシアナができる目一杯の嫌がらせだった。


 ユージンの青ざめた顔を見ながらグラシアナはブーツを履き直す。




「・・・さて、お話はお終い。それじゃあ、アタシは消えるわ。次会う時は敵同士になる。願わくはアタシとアンタたちの道が交わらないことを・・・」


「待て!!!殺してやる!!!グラシアナァァァァァアアア!!!」


 ヴァルナの腕の中でルッカは暴れ、凄い形相でグラシアナを睨みつけて叫ぶ。


「・・・ルッカ。賢いアンタのことだからわかっているかもしれないけど、一応教えておいてあげる。アタシはアンタの姉、ヘレナと繋がってるわ」


「!?」


 ルッカの目が見開かれる。




『ほらね・・・私の言ったとおりでしょう?ルッカ・・・。お姉ちゃんとグラシアナはグルなのよ』


 ルッカの耳元でシエラ(幻聴)(ささや)く。


「・・・・・・・・・!!!!!!」




 ルッカの表情を見て、グラシアナは十分な動揺を誘えたと確信する。


「・・・ヘレナは普通に探してもアンタとは絶対会えない。だからアタシを探しなさい。次会えたら・・・そうね。ヒントくらいは教えてあげてもいいわ」




 追ってきなさい、ルッカ。


 アタシを憎んで構わない。


 アタシがアンタの憎しみを全て引き受けてあげる。


 だから正気を保って・・・


 そして生きて。




「じゃあね」


 グラシアナはそう呟くと地面を蹴る。


「グラシアナ!!!」


 オルロが叫ぶが、返事をせずに、ロザリーとボニファの現れたあたりの壁を全力で蹴破る。


 後ろに空間のある壁は他の部分に対して比較的強度が低く、レベル5のグラシアナの力であれば穴を開けるのは容易だった。


 通路を見つけ、グラシアナはそこから部屋を飛び出していく。






「・・・・・・」


 残されたパーティは全員無言だった。


 ルッカがヴァルナの拘束から逃れ、その場に座り込む。


「・・・ルッカ?」


 ユージンが声をかけるが、ルッカはボソボソとなにかを呟き、返事はない。


 視線はグラシアナが出ていった方角を向いているが、目に光はなく、涙を流している。


「ルッカ!!」


 ゆすっても、なにをしても反応がなく、まるで人形のようになってしまっている。


「・・・そっとしておいてやれ」


 ヴァルナがユージンに静かに声をかける。


 ユージンは頷き、ルッカから手を離した。


 オルロはそんな3人を見て、深く息を吐いた。


 グラシアナが抜け、ルッカが精神的に参ってしまい、ユージンもベストコンディションとは言えない。ヴァルナも早く休ませてやりたい。


 ・・・わかってはいる。


 しかし、これは今、ここで伝えなければいけない。


 このタイミングを逃せば本当に言えないままになってしまうだろう。




「・・・皆、俺からも皆に伝えたいことがある。・・・俺の記憶のことだ」


 オルロの言葉にヴァルナとユージンが顔を上げる。


 ルッカは眉をピクリ、とすら動かさない。


「記憶が・・・戻ったのか?」


 ユージンがオルロに尋ねる。


 オルロは首を振る。


「・・・完全ではない。ぶっちゃけ、まだまだわからないことの方が多い。だが、大事な話だから聞いて欲しい」


「・・・」


 ヴァルナが黙って続きを促す。




 これを口にすれば仲間との関係性が変わるかもしれない。


 それは記憶のないオルロにとってとても怖かった。


 しかし、言わないわけにはいかない。


 覚悟を決めて話せ、オルロ・・・!!!




「・・・これは俺が最近見るようになった夢の情報だ。だから真偽はわからない。もしかしたらただ混乱させるだけかもしれない。・・・だが、記憶が戻る前に皆に伝えておかなきゃいけないと思った」


 オルロはそこで言葉を区切る。


 そして意を決して続きを切り出した。


「俺が夢を見たのは2回。1回は両足を失った時・・・ヤルス城の隠し部屋で。俺はどうやらあの部屋に昔来たことがあるようだった。そこには仲間たちがいて、なにかと戦うために集まっていたみたいだった」


「・・・」


 ユージンとヴァルナは黙ってオルロの話に耳を傾ける。


「俺はそこでは俺は「レンナルト」と呼ばれていた。一緒にいたのは魔神教の仮面をつけた連中だった」


「!?」


「・・・続けよ」


 ユージンは驚いた顔を、ヴァルナは険しい顔をして続きを促す。


「夢の中での俺はどうやらその仮面の集団を率いているようだった。わからないが、恐らくロザリーのような幹部クラスの人間だったのかもしれない。それから俺は「アードレ」と「スサナ」という仲間がいるようだった」


「それはどのような容姿をしているのじゃ?」


 ヴァルナがオルロに質問するが、オルロは首を振る。


「・・・残念だが、夢で俺が名前を出しただけだ。姿まではわからない。それどころか男か女かも」


「・・・オルロが魔神教の幹部」


 ユージンが左目を抑えながら呟く。ユージンの肩にいるイチゴウも首を左右に傾け、会話を聞いている。


「・・・あくまでも夢の中の話じゃ。結論を急くなよ、ユージン」


 ヴァルナがユージンに声をかける。


「・・・わかってるよ。でも、それが事実なら俺たちのパーティには魔神教が2人もいたことになる」


 オルロは首を振った。


「・・・それだけじゃないんだ。俺はその後、ネゴルに帰ってきてから、道具屋でもう1回夢を見ている。お前達が俺の義足を作るためにアーニーと旅に行っていた時だよ」


 オルロは深く息を吐く。


 自分がとても緊張しているのがわかる。


 自分が魔神教だというカミングアウト以上にこの情報を口にするのが一番怖い。


 これを話すとどうなるのかが全く予想がつかないからだ。


 しかし、これももう隠すわけにはいかない。


「・・・そこで俺と一緒にいたのは「アルノルト」という男だった」


「?」


 ヴァルナは首を傾げる。


 しかし、ユージンは目を見開いていた。


「「アルノルト」って・・・ゲブリエールが言っていた・・・魔神教の教祖、か?」


 オルロはそのユージンの反応をしっかり確認した上で頷く。


「ああ、魔神教の仮面も持っていた。間違いないだろう」


「・・・ということは、お前は魔神教の教祖と謁見(えっけん)できるレベルってことか?ゲブリエールの話が本当なら大司教クラスってことになるぞ?」


 ユージンが持っている情報を整理しながら確認する。


 まるで信じられないというように首を振りながら・・・。


 だが、ヴァルナはオルロを鋭い目で見て「恐らく、本質はそこじゃなかろう」と低い声で呟く。


 オルロは「ああ」と頷いた。


「・・・あくまでも夢の中の話だが・・・「アルノルト」と俺が呼んでいたその男は」


 言葉を区切り、そしてユージンを見つめた。


「?」


 ユージンが首を傾げる。






「ユージン・・・お前の姿をしていた」






「は?」


 ユージンはポカン、とした顔をしてオルロを見つめる。


「は?・・・俺?」


「・・・見間違いではないのか?」


 オルロは首を振る。


「あくまでも夢だ。だから確信は持てない。だからこそ今まで黙ってきた」


「ふむ・・・」


 ヴァルナは静かに頷く。


「・・・いや、待てよ、オルロ、ヴァルナ・・・。俺はアルノルトなんて名前じゃないぞ?生まれた時からユージンだ」


「・・・ユージン、儂もお主のことは仲間だと思っておる。だが、オルロと同じく、お主には謎が多い」


 ヴァルナはユージンに向き直り、静かに告げる。


「・・・お主が「ユージン」であると証明するには、まずお主がどこから来た人間なのか知りたい。お主は自分の故郷についていつも(にご)しておったな」


「いや・・・それは・・・」


 ユージンは唇を噛む。


 弁明したいが、魔法刻印によってギブラ(故郷)の情報は制限されている。


「そして・・・さっきのグラシアナの足見て思い出したんだが・・・」


 オルロが言葉を区切って、ユージンを見つめる。


「お前、首にアレと同じ刺青があったよな?」


 ユージンの顔がどんどん青ざめていく。


「・・・ちが・・・オルロ・・・」


 オルロは首を振る。


「ヴァルナ!!」


 ヴァルナも目を閉じた。


「・・・すまんな。儂も混乱しておる」






「・・・じゃあ決まりだね」


 その時、今までずっと黙っていたルッカがすっと立ち上がった。


「・・・ルッカ?」


 ユージンはルッカが正気に戻ったことに驚き、名前を呼ぶ。


 だが・・・髪の色が黒い・・・?




「・・・違うよ、ユージン。初めまして。・・・私はシエラ」


 シエラと名乗ったルッカそっくりのエルフはピンク色の瞳をニッ、と細めて微笑む。


 ルッカと同じ顔をしているのにどこか妖艶(ようえん)な笑みだ。


「ルッカはね、もう疲れちゃったんだって。・・・今、休んでるから代わりに私が身体を借りてるんだ」


「・・・なにを言ってるんだ?冗談やめろよ」


 オルロがシエラと名乗るルッカに近づこうとすると、シエラは「来ないでよ」と吐き捨てるように言った。


 まるで虫けらでも見るかのような冷たい目でオルロを見る。


「!?」


「・・・妖魔憑(あやかしつ)きか」


 ヴァルナが呟く。


 ヴァルナは過去にミンドル王国で何人か見たことがある。


 過剰にストレスを受けた者が己の負荷に耐えられなくなると妖魔(あやかし)憑依(ひょうい)して精神を乗っ取る現象だ。


「ふーん・・・ミンドルではそういう風に言うんだ?」


 シエラはクスクスと笑った。


 そしてスタスタとパーティの脇を通り抜けて、ヴァルナの鋼の剣を拾い上げる。


 先程、グラシアナを貫いた血のべっとりとついたあの剣だ。


 シエラは慣れた手付きでヒュン、とそれを振って血を払う。


「じゃあ、私、そろそろ行くね」


「「「!?」」」


「・・・だって、このパーティ、もうお終いでしょ?」


 シエラは「なにか変なこと言った?」と首を傾げる。


 そして真っ黒な爪で一人一人指差す。


「オルロは魔神教の疑惑があって、ユージンは教祖様?ヴァルナはもう信じられないし・・・・・・そ・れ・に私は壊れちゃってる」


 自分を指差してシエラはクスクスと笑う。


「・・・貴方たちのせいよ。ルッカが耐えられなくなったのは。だから私は貴方たちとはもう行かない」


 シエラは笑うのを突然やめ、冷たく吐き捨てる。


「さようなら」


「まっ・・・」


 ユージンが引き留めようとシエラに手を伸ばす。


「『ハイド』」


 シエラが―――ルッカが使えるはずのない―――狩人のスキルを発動させる。


 スゥ・・・っと存在が希薄になっていくシエラは、さらにステルスローブを被る。


 すると、その姿は完全に目の前から消失した。


「ルッカ!!!!」


 シエラを視認できなくなったユージンはルッカを探して周りを見回しながら彼女の名を叫ぶ。その声が錆色の金属質の部屋に響いた。




「・・・確かに、ルッカの言う通りかもしれぬな」


 ヴァルナが呟く。


「・・・ヴァルナ?」


 ユージンがヴァルナを振り返る。


「お前まで・・・」


「・・・お主が魔神教の教祖だなんて本気で思っているわけではないが・・・。じゃが・・・お主の首にある刺青とお主が過去を言えないことは事実じゃ。そして、オルロにも同じことが言える」


 ヴァルナは目をゆっくり(つぶ)った。


「・・・正直、儂にはこのパーティはとても居心地が良かった。・・・じゃが、一旦、儂等全員、頭を冷やす必要がありそうじゃ。今のままじゃ互いが互いに命を預けられん」


「じゃが・・・」とヴァルナは目を開けてユージンとオルロに笑いかける。


「儂はいつかまたお主等と共に旅をしたい。・・・じゃから、さよならとは言わん」


 それを聞いたオルロはユージンに向き直り、頭を下げる。


「・・・すまない。俺の一言でパーティをバラバラにしちまった。・・・だが、俺はこれ以上、裏切る、裏切られるはしたくないし、仲間も失いたくない」


 オルロは必死に言葉を選びながらユージンに気持ちを語る。


「・・・オルロ」


「俺は・・・俺は自分の記憶が戻った時、もしかしたら本当に魔神教の大司教かもしれない。その時、お前等を裏切ることになるのは耐えられない」


 オルロは顔を上げ、ユージンに笑いかける。


「・・・お前も故郷のことが言えなかったり、力を隠してたりするのにはなにか理由があるんだろ?」


「・・・」


 ユージンは黙ってオルロの顔を見つめた。イチゴウが首を傾げ、ユージンを見つめる。


「・・・・・・・・・ああ。すまない」


 ユージンはオルロとヴァルナに頭を下げる。


「・・・言えないんだ。言いたくても・・・」


 ユージンは苦しそうに歯を食いしばりながら訴える。


 涙がこみ上げてくる。


 本当は全部喋りたい。


 俺は魔神教の教皇でもアルノルトでもない。


 魔神教のことを調べにきたギブラのトントゥだと話したかった。


 だが、魔法刻印がそれを邪魔する。


 それを言葉にしても立ち所に言葉はかき消されてしまうし、ここで意図的にそれをすればイチゴウが黙っていないだろう。


 そうなれば2人にもどのような影響が出るかわからない。


 そのユージンの顔をイチゴウが無機質な目で眺める。


 まるでこれ以上余計なことを言うな、と言わんばかりに。




「・・・ヴァルナ、ユージン。俺はこれから俺の記憶を探す旅に出るよ。ギルドへの報告は2人のどちらかがしておいてくれ。・・・それからパーティの解散報告も」


 オルロは涙を流すユージンを見て、どこかホッとしたような表情をし、優しく2人に声をかける。


「ああ・・・わかった」


 ユージンが頷く。


 オルロは笑顔で頷くとその場を去っていく。




「・・・ヴァルナ。お前が報告するといい。報酬も手柄も全部やるよ」


 ユージンがヴァルナに向き合ってそう告げる。


「・・・お主はこれからどうする?」


 ヴァルナはユージンに尋ねる。


 ユージンは首を振る。


「わかんない。・・・けど、俺は全然世界を知らない。だから世界中を旅しようと思う」


「そうか・・・」


 ヴァルナは頷く。


「・・・ヴァルナ」


「うん?」


 ユージンは精一杯の笑顔をヴァルナに向けた。


「お前なら絶対良い王様になれるよ。・・・だから応援してる」


 ヴァルナはニヤリと笑った。


「・・・当然じゃ。宰相の席はお主のために空けておこう。次会う時にはちゃんと身の潔白を証明せよ」


 ユージンは笑って頷く。


「ああ・・・また会おう」









 そして・・・




 (わず)か2ヶ月の間に多くの偉業を成し遂げ、異例の速さでAランクに上り詰めたこの名前の無いパーティはこの日・・・




 突如、解散することになった。




 ヴァルナが後日ギルドに報告したこの日の出来事は、吟遊詩人や劇団によってこれまでの出来事とともに語り継がれていくこととなる・・・。


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