第14話 食べて・食べられて
———— オハイ湖 魔神教アジト 実験場 午前 (クエスト20日目)————
5歳くらいの男児の身体にその身長の倍はある巨大な顔・・・。
その顔の左半分はオルロの毒によって黒く染まり、ボロボロと崩れ落ちている。
頬が崩れたせいで左の歯は奥歯までむき出しになっていた。
未だ消えぬヴァルナの加護の炎が、彼の左目や歯の間から噴き出て、男児の異形の顔を焦がし続ける。それが彼に更なる凄みを与えていた。
「・・・ヴァルナ、まだ行けるか?」
オルロは息を飲みながら今しがた全力の一撃を放ったばかりの女剣士に声をかける。
「・・・行くしか無かろう」
ヴァルナはオルロの問いに頷く。
正直、状況的にはかなりマズい。
毒は受けなかったものの、先ほど鞭で締めあげられたせいで、左の指に力が込められない。
これでは盾や弓を持つのは難しいだろう。
「透明の剣」を片手で振るのが精一杯だ。盾がない以上、防御は捨てる他ない。
・・・だが、泣き言は言っていられない。
ルッカは錯乱し、ユージンもかなり憔悴している。
魔法は細かいイメージとコントロールが必要になるため、使い手は精神をかなり擦り減らす。あの状態で2人に魔法を期待するのは難しいだろう。
つまり、こちらの戦力として数えられるはグラシアナとヴァルナ、そしてオルロの3人だけだ。
しかし、グラシアナは先ほどのロザリーの攻撃で左肩と右の太腿を負傷し、そこを毒が蝕んでいる。
あの様子では先ほどまでの素早い動きをするのはすでに難しい状態だろう。戦いが長引けば長引くほど弱っていく。
ヴァルナもヴァルナで、意識を失う程の衝撃を頭に受け、先ほどのボニファの一撃で恐らく内臓も痛めている。奥の手の『火神の加護』も使ってしまった。
彼女は強がって笑ってはいるが、実際にはフラフラだ。
「・・・俺が行く。2人は避けに徹してくれ」
オルロは覚悟を決め、「透明の剣」を片手にボニファへと駆ける。
「オルロ!!・・・ちっ!」
ヴァルナはオルロが先行するのを止めようとしたが、自分の身体が思った以上に動かないことを悟り、舌打ちしてオルロの後ろに続く。
オルロのポジションは元々中衛。接近戦についてはヴァルナとグラシアナの方が得意だ。
ましてや、腕を負傷して盾を持たぬ状態であの化け物に接近戦を挑むのは無謀という他ない。
グラシアナもヴァルナと同じことを考えているのか、オルロよりも先に飛び出そうとしたが、ロザリーの猛毒に蝕まれているため、動きが明らかに鈍っていて、出遅れる。
「ごハンがイっパァァァアアアアアあアアあアアあアアい!!!!」
ボニファは目の前に迫ってくるオルロたちを見て、崩れた左頬からだらだらと涎を垂らし、微笑む。
「・・・ああ、たらふくご馳走してやるよ。・・・『ハイド』」
オルロは接近しながら存在感を希薄にする戦闘スキル『ハイド』を発動する。
久しぶりに使用するが、本来は中衛が攻撃のターゲットにされにくいようにするためのスキルだ。
その使い方は「羽つき」討伐の際に『罠の達人』クラリスから身をもってたっぷりと教わった。
このスキルは他の仲間が・・・それも存在感がある者でいればいる程、効果を発揮する。
この場には圧倒的な存在感を放つグラシアナとヴァルナがいる。
ならば隠れるのは容易い・・・
「!? キエたァ!?」
ボニファは目の前にいた筈のオルロの姿を突然見失い、間の抜けた声を上げる。
実際にはスキルを発動し、少しだけ横に跳躍しただけだが、それだけで気配を断ったオルロは見つかりにくくなり、ヴァルナとグラシアナにしか注目できなくなる。
「ドコだァァァアアア?」
ボニファは左腕をグィィイイイイイン、と細長く伸ばして、平手で目の前にあるものを全て薙ぎ払う。・・・当てずっぽうの攻撃だ。
「・・・っと」
オルロは目の前に飛んでくる平手を、義足の加速装置のアシストを受けながら背面飛びでかわす。
なるべく注目されないように音を殺して着地すると、そのままボニファをすれ違いざまに斬りつける。
元々視認しにくい「透明の剣」は『ハイド』と合わせると最早、無から突然斬撃が飛んでくるようにしか感じられない。
ボニファの脇腹に剣が引っ掛かり、オルロはそれを進行方向へ斬り払う。
「うワッ!!!イイイイいい・・・イタイ!!!いたいようっ!!!」
裂かれた脇腹から大量の血と共に腸が飛び出し、ボニファは脇腹を抱えて年相応の声で涙ながらに痛みを訴えた。
男児の悲痛な叫び声が、既に人間ではないとわかっていても、オルロの罪悪感を煽る。
しかし、痛みを訴えた直後、ボニファは自分の飛び出した内臓をじっと眺め・・・
「いや・・・デモ、ちょっとマッタ・・・・・・・・・ちょっと・・・オイシそうかも」
涎を垂らした。
おもむろに自分の身体から出ている腸を掴んで引っ張り出し、自らの口へ含む。
もうすっかり痛みはどこかへいってしまったのか、むしろオルロの攻撃よりもはるかに痛みを伴うであろう行為を繰り返し、一心不乱に口の中へ自分の内臓を詰め込む。
「あれ・・・ぼく、これケッコうおいしイ?」
脇腹と口を自分の血で真っ赤に汚し、グチャグチャと咀嚼しながら、巨大な顔をした男児は満足そうに笑みを浮かべる。
その直後、ボニファの身体から黒い煙が噴き出し、致命傷を修復し始める。
今もなお、崩れた左頬から火が噴き出たままだが、黒い煙が炎と毒の侵攻を食い止めていた。
『魔神の加護』
どうやら魔神ウロスは徹底的にこの悪趣味な戦闘を楽しむ気らしい。
「すごイや!!!いまきヅイたけどボくはボクを食べホウダイだ!ねエ?ロザリー?タべてもいいよネ?」
ボニファは自分をいくら傷つけても立ちどころに回復することに気付き、その許可を後ろにいる筈のロザリーに確認する。
しかし、後ろにロザリーはいなかった。
「あっ・・・そうダ。タベちゃったんダ・・・」
ボニファはポツリ、と呟く。その声は本当に悲しそうであり、それがまたこの男児の異常性を際立たせる。
「おナカの中にいるかな?ろざリィィィィイイイイ?」
唐突になにかを思いついたボニファは自分の腹を巨大化させ、修復し始めている脇腹に自ら手を突っ込み、傷を広げる。
既に痛覚が麻痺しているのか、自分の身体に致命傷を与えることを全く恐れておらず、まるでおもちゃ箱を漁るように自分の腹の中身をぶちまける。
金属質の床に巨大な内臓が零れ落ち、地面を真っ赤な血の海に染めた。
パーティはその異様な光景を目の当たりにし、ただただ見守るしかなかった。
「・・・ここよ、ここ」
その時、突然その声は部屋に響いた。
「!!!ロザァありィいいいい?」
ボニファはロザリーの声に気付き、ハッと目を見開いて、腹を真っ赤な血に染めながら、キョロキョロと部屋を見回す。
「ドこ~?」
ボニファは嬉しそうな声を上げてロザリーの姿を探す。
「・・・もうっ、自分を食べちゃダメじゃない。馬鹿ね」
クスクスという笑い声が部屋に響き渡った。
それはボニファの左胸にいた。
「「「!?」」」
ほぼ同時にオルロ、ヴァルナ、グラシアナはそれに気付く。
ボニファは短い脚を投げ出し、4~5mある巨大な腹に大穴を開け、異常に長い腕と巨大な手を真っ赤に染めている。
そのボニファの左胸に大きなこぶができており、そのこぶには等身大の女性の顔が浮き出ていた。
それは間違いなく、先ほどボニファに食べられたロザリーの顔だった。
吐き気を催すような気味の悪い姿。
左胸に浮かぶ彼女の顔の顔はパーティたちを上からニヤリと見下ろす。
「あら、皆様、ごきげんよう。また会ったわね?キャハハハハハッ!!!」
錆色の金属質の部屋に甲高い笑い声が響く。
「・・・ロザリー・・・生きているの?」
グラシアナが信じられないという顔でロザリーを見上げる。
ロザリーは「ハンッ」と鼻で笑い、どういう構造になっているのかわからないが、ボニファの胸から地面に向かって唾を吐く。
「・・・これが生きているですって?・・・まあそうね。このおバカちゃんが『魔神の加護』を使いまくってくれたおかげで、身体の中で変異体の融合現象と同じことが起きてくれたから消滅は免れたわね。・・・・・・・・・いや、でもそうか・・・・・・」
ロザリーはしばらくブツブツと呟くと、急に猫撫で声でボニファに囁く。
「ねぇ、ボニファ~~~~。自分で自分を食べるってどんな感覚?・・・美味しい?」
「う、ウン・・・で、でもモウ食べないから・・・」
ボニファはロザリーに叱られると思ったのか、慌てて首を横に振る。
「いいのよ~。私・・・間違ってた。いっぱい食べていいわ!!!好きなだけ!!!ただし、私だけは食べないでね?」
「・・・え?・・・イイの?」
前言撤回したロザリーの発言に、ボニファは一瞬ぽかんと口を開け、やがてキラキラと目を輝かせた。
「もちろんよぉ~」
ロザリーは邪悪な笑みを浮かべながらボニファに頷きかける。
「なにを・・・」
オルロは嫌な予感がし、グラシアナとヴァルナを見る。
2人も同じ印象を抱いたようで頷く。
3人がボニファに攻撃しようと構えたところに・・・
「邪魔するなッ!!!!」
ロザリーが怒鳴り、3人に口から紫色の液体を吐きかける。
3人が後ろに飛び退くと、金属質の床がドロドロに溶けた。
先ほどの黒い鞭と同じく、なにかの毒だろう。広範囲の攻撃で迂闊に近寄れば命が危うい。
オルロも先ほどの毒はなぜだかわからないが、無傷で済んだものの、金属質の床を溶かす液体を一か八かで頭からかぶるのはごめんだった。
3人が足止めを食らっている間に・・・
「ボニファ~~~~、いっぱいお食べなさい」
「ウンッ!!!」
ボニファは嬉しそうに返事をして、頭をさらに巨大化させ、大きく裂けた口で自分の足から順に自分で自分を喰らっていく。
血の海がさらに床に広がる。
ボニファに食べられるのを避けるためにロザリーは自分の顔であるこぶを引っ込め、ボニファの頭頂部へこぶが移動する。
・・・どうやらこぶは自在にボニファの身体を移動することができるようだ。
「そうそう!!いいわよ~」
ロザリーが嬉しそうな声を上げ、ボニファの自傷行為を奨励する。
ボニファの顔が足の指先を食らい、脛、腿、下腹部、上半身と順に自分の身体を口の中へと入れていく。
通常なら届かない部分も首を伸ばして限界まで食らい続ける。
そして、自分を食べるのをピタリと止めた。
「・・・アれ?もうタベラレなイ?」
ボニファは首を必死に動かすが、自分で自分の顔を食べられないことに気付く。
「大丈夫。あとは私に任せて」
ロザリーが嬉しそうな声をあげる。
「貴方が馬鹿で良かった」
「・・・え?」
頭だけになったボニファが目を見開く。
ロザリーの顔をしたこぶがボニファの後頭部からぐい、と伸び、ボニファの頭を食らった。
「イダイイダイいだいいだいイだイいだイダイ!!!ロザリィィィィイイイ!!!イタいよ!!!やめっ・・・」
「うるせぇ!!!てめぇも私を食っただろうが!!!」
ロザリーは獰猛な笑みを浮かべて叫び、容赦なく、ボニファの頭を食べる。
ボニファと一体化して強靭な歯と顎の力を手に入れたのか、骨も眼球も脳も肉片一つ残さず全てを食らう。
最終的にロザリーの顔のこぶだけが残り、そのこぶを中心に空中で黒い霧が発生する。
・・・『魔神の加護』だ。
黒い霧はこぶからロザリーの身体を修復させる。
「目論見通りぃぃぃぃいいいいい!!!!」
狂ったような笑い声をあげて地面に降り立つは一糸纏わぬ姿の裸の女性・・・
・・・とは言い難かった。
『魔神の加護』の際、元の身体の情報が完全には残っていなかったのか、あるいは魔神ウロスが悪ふざけをしたのか、その身体は酷く不完全だった。
顔はロザリーの顔そのものだが、髪はなく、耳もない。
首から下に関してはさらに異様で、右腕の人差し指と親指がその他の指の3倍の長さ、左腕は枯れ木のように変色し、肩から肘までが長すぎて地面を引きずっている。
乳房は女性のものとわかる形をしているが、6つあり、足の長さと大きさは子どものサイズだ。
足のくるぶしから先には足の指の代わりに、大人の手の指がついており、指には真っ赤なマニキュアが塗られていた。
まるで悪い冗談のような・・・人間とは到底呼べない生き物が満面の笑みでこちらを見つめている。
「ウフフフフフ!!!!!アハッ!!!なにこれ、なにこれ、なにこれ~!!!気ンンンンンンン持ち~~~~~~~~~~~~~良い!!!!!凄ッッッッい万能感。あ~・・・頭がすっきりするぅぅぅぅうううう・・・今ならなんだってできそうだわぁ~」
異形の姿となったロザリーは目を閉じて、自分の身体の感覚に酔いしれる。
「・・・アンタ、鏡見た方がいいわよ」
グラシアナがロザリーに警戒しながら呟く。
「ハッ!何言って・・・・・・・・・ちょっと待って・・・これが私・・・?」
ロザリーはグラシアナに指摘されて初めて自分の右手の親指と人差し指の異常な長さに気付く。
次に左腕を見て、胸を触り、足先についている自分の両手を確認し、顔を触って耳や髪がないことを確認する。
「え?え?え?」
ロザリーは全身をくまなく確認し、そしてもう一度呟く。
「これが・・・・・・・・・私?」
「・・・」
ヴァルナが黙って剣を構える。
「・・・最ッッッッッッ高じゃねぇぇぇぇか!!!!!!!!うわぁ~・・・これが・・・・・・私ッッッッ!!!とうとうなれたのね?完全な魔物に!!!」
ロザリーの歓喜の声が部屋中に響き渡る。
予想外の反応にオルロとヴァルナは戸惑うが、グラシアナは「そうだった・・・」と呟く。
「イレーネ派は自分が魔物になりたいイカれた連中だったわね・・・」
ロザリーは異常に長い左腕をヒュンッ、と振ると人差し指でこちらを挑発する。
「遊んでやるから来いよ!愚図ども」




