第12話 女神たちに報復を
———— オハイ湖 魔神教アジト 実験場 午前 (クエスト20日目)————
ルッカは目の前で起こった現象に戸惑っていた。
色々な気持ち自分の中でわき上がり、せめぎ合い、どの気持ちを表出するのが適切なのかわからない。
絶対に助からないと絶望していたルッカは、グラシアナが復活したことに間違いなく安堵した。今すぐ「良かった!!」と叫んで抱き着き、彼女の胸の中で泣きたい衝動に駆られる。
同時に、心配をかけたことに対する怒りから一言「心配したんだから!!!」と文句を言いたい。
あとは、「守ってくれてありがとう」と自分を助けてくれたことに対する感謝の気持ちも伝えたい。
グラシアナが生きていた!!!
それだけでこんなに幸せな気持ちになれる。
・・・一方で、あの黒い煙はなんなのか?という疑問がその幸せな気持ちに影を落とす。
グラシアナは何者なのか?
あれは「角つき」や「羽つき」と同じ『魔神の加護』?
認めがたいが、ルッカはあの魔物たちとの戦闘で何度もあの煙を目にしている。
『魔神の加護』を持つのは魔神に愛された者・・・つまり、魔物。でも、彼女は魔物ではない。
・・・魔神教徒?
いや・・・いやいやいやいや・・・そんな筈はない。
それならば、なぜこれまで一緒に旅をし、魔神教に関わる魔物を討伐し、そして今、魔神教のアジトにいるのだろうか?
そもそも彼女はギルドに登録してからはほぼずっと一緒だった。
そんな様子は全く見えなかった。
嫌だ嫌だ嫌だ!!!
あの姐さんが・・・私の心を救ってくれた姐さんが魔神教なわけがない。
これはなにかの間違いだ。そう、間違いなのだ。
なにか事情があるに違いない。
そうでしょう?そうだよね?そう言ってよ!!
その時、ルッカの口から「姐さん・・・「魔神教」だったの・・・?」という言葉が勝手に転がり落ちる。
言った後にルッカは「しまった」と後悔する。
これを確認してしまったら・・・
もし、彼女が認めてしまったら・・・
私は彼女を許せない・・・
「・・・ごめんね」
グラシアナは俯いて、最期に彼女に残した言葉を再び口にする。
やめて・・・
それじゃあ、まるで・・・
まるで姐さんが本当に魔神教みたいじゃない。
ルッカは自分の頭が真っ白になるのを感じた。
さっきまでのグラシアナが生き返ったことに対する喜びが一気に霧散していく。
近くにいるユージンを見ると、ユージンも目を見開いていた。
「裏切り」
頭の中に1つの単語がぽっと出現する。
裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り
頭の中でその単語が意志を持つように増殖する。
裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り
単語の増殖が止まらない。
自分の中にある普段心の奥底に封じ込めている黒い感情が一気に噴き出してくる。
「姐さんは裏切った」
「裏切り者だ」
「魔神教徒だった」
「今まで騙していたんだ」
「一体いつから?」
「最初からだ」
「私と出会ったのは偶然?」
「もうそれすらもわからないね」
「じゃあ慰めてくれたのは?」
「計画通りさ」
「ちょっと待って・・・里を襲ったのは魔神教だよ」
「姐さんはその仲間ということ」
「姐さんが魔神教なんて・・・」
「信じられないかもしれないけど、彼女自身が認めている。事実だ」
「本当に・・・?お父さんやお母さんや里の皆を殺したあの魔神教なの?」
「他にどの魔神教がいるのさ。まだ信じるの?そしてまた裏切られるの?」
「・・・もしかして姐さんは私が里を襲われたことも本当は知っていた?」
「そうだよ。知っていて近づいた」
「お姉ちゃんのことも知っていた?」
「魔神教なんだ。知ってるに決まってる」
「・・・隠してたんだ」
「いや、隠してたどころか、もしかしたら慰めるフリして利用してたのかも」
「酷い!騙した」
「そうだ。姐さんは酷いやつだ」
「悔しい!卑怯者!!」
「そうだ。姐さんは卑怯者だ」
「信用してたのに・・・」
「信用を裏切った」
「好きだったのに」
「彼女は私なんて好きじゃなかった」
「お姉ちゃんみたいに思ってたのに」
「彼女にとって私は扱いやすい小娘だったのさ」
「許せない」
「そう!許しちゃいけない!!魔神教は皆、敵だ!!」
裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り裏切り
ルッカの目から涙が零れ落ちる。
涙と共に彼女がグラシアナに抱いていた尊敬の念や信頼、友情といったポジティブな感情もまた零れ落ちていく。
グラシアナもまた動揺していた。
こちらを唖然として見つめるルッカとユージンをチラリ、と見る。
仲間の目の前で『魔神の加護』を発動すればどういう反応をされるか。
分かり切ったことだった。
ルッカの視線が苦しい。
心の中ではあれほど割り切っていたつもりだったのに、やはり情が湧いてしまったのか。
彼女の絶望する表情を見ると、胸が締め付けられる。
バレたくなかった。バレるくらいならいっそ死んでしまいたかった・・・。
冷静に考えれば・・・本来、『魔神の加護』の力はグラシアナが死んでも発動しない筈だった。力を封じていた筈なのだから・・・。
『魔神の加護』の中で会話していた時は、自分の生死がかかっていたことに加えて、終始、魔神ウロスの会話のペースに乗せられていたこともあり、色々なことを忘れていた。
・・・が、そうだ。
まず、『魔神の加護』が発動するの、おかしくない!?
グラシアナは自分の身体の中に意識を向ける。
これまで一緒にいた筈の獣神ブラムの気配がない。つまり、『獣神の加護』が消えている。
代わりにあるのは『魔神の加護』の気配・・・。腹立たしいくらい彼女の身体の内で存在感を放っている。
加護が勝手に上書きされていた。本人の同意もなく、だ。
・・・まあ、おかげで死なずに済んだし、自分の見える範囲内では魔神ウロスの言う通り、「ちょっとファンキーな感じ」にされずに済んでいるようだが・・・。
でも、この状況どうしてくれるのよ!!!
グラシアナは心の中で自分の信仰する混沌の神に舌打ちする。
そもそも、混沌の神にルール通り動け、というのが間違いなのかもしれないが・・・。
こちらは何のためにこれまで力を隠してパーティに潜入してきたのか・・・。
「組織」の人間だとバレてしまえば、結局、生き返ったところで、「パーティに潜入する」という「彼」からの任務は失敗だ。
「彼」に申し訳ない。「彼」に迷惑をかけるくらいならあの場で自分が死ぬべきだった。
「彼」がどんなことを考えてこのパーティにグラシアナを潜入させたのかはわからない。
しかし、これでは「彼」の足を引っ張ってしまうことになる。
・・・元々、神々の遊びでちょっとハブられたからって、ムキになってそのゲームに自ら入り込んで世界を滅茶苦茶にしようとした幼稚な神だ。
その信徒はあきらめて、大人しく神に振り回されるしかないのかもしれない。
だが、混沌の神のせいで、「彼」の計画が歪められてしまうのは我慢ならない。
どうしてくれるのよ!?
グラシアナは心の中で魔神ウロスを罵倒する。
・・・とにかく既に『魔神の加護』は発動してしまったし、復活の瞬間を見られたのだからもう言い訳はできない。
いや・・・待てよ・・・。
グラシアナは再度考える。
『魔神の加護』=「魔神教」とは限らないのではないだろうか?
パーティで、「組織」のメンバーと戦闘した経験もないし、現象を目撃したのは「角つき」と「羽つき」の2回きり。
例えばなにかの呪いで「魔物」にされている・・・と言えば誤魔化せるのではないだろうか?
ルッカも信頼していた仲間が「魔神教」だと信じたくないだろうし、その心理を利用すれば・・・。同じ「組織」の一員であるユージンには間違いなく気付かれただろうが、彼にもメリットがあればフォローに回ってくれる筈。
グラシアナの中でふと妙案が浮かぶ。
これならルッカも傷つけないし、「彼」にも迷惑をかけないのではないか?
僅かにだが、希望が見える。まだこのパーティに残ることができる希望が・・・。
同時に、「組織」にいる中で染みついた習慣が、動揺しているグラシアナとは別の自分を作り出し、素早く戦況を把握していた。
魔神ウロスとの会話は圧縮された時の中で行われていたらしく、彼女が倒れてから実質3~4分程経過しただけのようだ。
今現在、オルロとヴァルナが合成生物と化したジルベルトを2人がかりでなんとか押さえている。
彼らはまだグラシアナの復活に気づいていないだろう。
一瞬でもこちらに注意を払えば、ジルベルトがその隙を逃さず致命的な攻撃を繰り出してくる。それ程にギリギリの状況だ。
そんな状況の中、ルッカとユージンが戦闘していない状態でもまだ均衡が崩れていないということは、相当無茶をしている筈だ。
だが、いくらパーティのエース級2人が全力で戦っているとはいえ、元々、5人がかりでも犠牲者が出た戦闘だ。それほど長くは持たない。
彼らには今すぐにでも加勢が必要だ。
グラシアナは頭の中で現在の戦況を正確に把握する。
そして、グラシアナは大きく目を閉じた。
ダメだ・・・・・・・・・・・・・・・
状況を分析した結果、先ほど浮かんだパーティに残留するための僅かな希望を自ら棄却する。
今の自分が加勢したところで、あのジルベルトとの戦闘に勝てる見込みはない。
そもそも、この状況は今のパーティの戦力では打開できない。遅かれ早かれ、全員が死ぬことになるだろう。
彼女が「彼」から与えられた任務は「パーティへの潜入」だけでなく、「ルッカの護衛」がある。
例え、正体がバレても、ここでジルベルトにルッカを殺させるわけにはいかない。
・・・覚悟は決まった。
そうなれば、グラシアナがやらなければならないことは非常にシンプルだ。
このパーティを殺さぬように守ること。
後はこの状況を終えてから考える。
グラシアナは自分の左足に目を向けた。
この左足にはグラシアナが今までずっと隠していた力が封印されている。
この封印を解くタイミングが来たのかもしれない。
元々グラシアナはレベル4の力を持っていた。これは「組織」に入ってからこれまでの経験の中で獲得した力だ。
だが、新人を集めて作ったパーティに参加するためには、レベル4の力は大き過ぎた。
その為、「組織」の技術で左足に魔法刻印を施し、元々のレベル4からレベル1へ能力を引き下げ、一緒に『魔神の加護』も封印した。
『魔神の加護』を封印したことで、「組織」に加入した際、失った筈の『獣神の加護』も一時的に取り戻すことができた。
このレベル3の力と『獣神の加護』の力はこれまでパーティの中でグラシアナが築いてきた信頼の証だ。
それを今、自らの手で崩す。
力を隠してきたことを明らかにすれば、もう言い逃れはできないだろう。
それがなんだ。
今、できることを考えろ!!!・・・冒険者ごっこはもうお終いだ。
「・・・ふー・・・・・・・・・・・・」
ゆっくりと息を吐き、そして覚悟を口にする。
「・・・・・・・・・『女神たちに報復を』」
グラシアナが神々への決別を宣言した瞬間、左足が輝き、強化ブーツの隙間から黒い光が漏れる。
黒い光は瞬く間にグラシアナの身体を包み、彼女の本来の力を解き放つ。
これまで封印していたレベル4分の経験値がグラシアナに流れ込み、力が溢れ返る。
グラシアナは直観的にその経験値によって、自分がレベル3からレベル5まで力が引き上げられたことを悟る。
グラシアナは黒い光を纏い、ジルベルトの方へ身体を向けた。
「グラシアナ!!!」
ルッカが叫ぶが、グラシアナの地面を蹴る音がそれを掻き消す。
パンッ!
金属が弾けるような音と共に、グラシアナの立っていた場所が大きく陥没し、グラシアナの姿が消えた。
「ウルルルルルル・・・イダイイダイイダイイダイイダイイダイイダイイダイイダイ!!!!」
涙と涎と青い鱗をまき散らしながら、ジルベルトは滅茶苦茶に曲刀を振るう。
それをヴァルナとオルロが必死に受け止め、力を逸らす。
・・・一撃一撃が尋常じゃなく重い。
たった数分の攻防で、ヴァルナとオルロはみるみるうちに最初の勢いを失い、すでに防戦一方になっていた。
ルッカとユージンの援護もないため、息継ぎする間もない。
攻撃の嵐の中では、ヴァルナの『陽炎』は初動を止められてしまうし、視覚を翻弄するオルロの「透明の剣」も防御では意味をなさない。
この均衡が近いうちに崩れることは明白だった。
その時・・・
パンッ、パンッ、パンッ!!!
ジルベルトへ向かって、金属質の床がほぼ等間隔に陥没し、瞬く間にグラシアナが現れる。
レベルが1離れると全く違う生物になる、というのは一般的によく言われることだが、レベルが2つも変わると完全に強さが異次元だ。
それを誰よりもグラシアナが今この瞬間、実感していた。
「・・・ジルベルト。ごめんね」
グラシアナの右足が強化ブーツのブーストを乗せて、ジルベルトの顔に炸裂。
首が吹き飛んでもおかしくない程の衝撃がジルベルトを襲い、ジルベルトの首が折れて、奇妙な方向に曲がる。
「グググググラァシッ!」
パァアアアアアアン!!!
ジルベルトが名前を呼ぶ前に、グラシアナが腰を捻り、今度は左足をジルベルトの右肩へハンマーのように蹴り下ろす。
ジルベルトの足が衝撃に耐えられず、膝から骨が皮を突き破って飛び出す。
「シッ!!!」
そのまま空中で、左足をジルベルトの首の左側に引っかけて、それを軸に、両足で挟み込む。
そして、時計回りに全身を使って回転した。
グラシアナの身体の回転に合わせて、足で挟まれたジルベルトの首が引っ張られ、ジルベルトは回転しながら頭から地面に叩きつけられる。
グシャリ・・・と肉が潰れる嫌な音が部屋に響き渡った。
地面に接地する瞬間に、グラシアナは足を離し、着地する。
「・・・今、楽にしてあげる」
黒い光が集まり、グラシアナの右の前腕部が真っ黒に染まる。
『獣神の加護』を発動した時以上に大きく鋭い爪、太い前腕・・・。
レベル5で手に入れた新しい戦闘スキル『魔神の腕』。
あらゆる防御と装備の防護を無視する反則技。
とても魔神ウロス好みのスキルだ。
その黒い腕はジルベルトが反応する間もなく、彼女の土気色の胸を貫く。
次の瞬間、胸を貫通し、黒い血で濡れた腕にはジルベルトの心臓・・・魔物の核が握られていた。
「アアアアアアアアアアアア!!!!!!」
合成生物となったジルベルトは絶叫し、のたうち回りながら、グラシアナに噛みつき、必死で抵抗するが、鋭い牙や酸性の唾液でもグラシアナに傷一つつけることができない。
「さようなら」
グラシアナはそう呟くと、黒い腕で、その魔物の核を握り潰した。
「ググググラァァァアアアアシィィィイイイイアアアアアアアナァァァァァ!!!!!!!!」
ジルベルトは呪いのようにグラシアナの名前を叫び、そして両腕でグラシアナの首を締め上げる。
しかし、徐々に全身から青い鱗が剥がれ落ち、乱暴に接着されていたハイ・ソシアの右腕が千切れ、尾が崩れ落ちていく。
そして黄色く濁った右目が最後にボトリ、と地面に転がって、ジュゥゥゥウウ、と音を立てて溶けていく。
そして最後に残った元々のジルベルトの身体が黒い灰になり、消えていく。
グラシアナはゆっくりと立ち上がり、ジルベルトだった黒い灰を見つめる。
「グラシアナ・・・お前」
「なんじゃ、その力は・・・」
オルロとヴァルナが死んだ筈のグラシアナが現れ、ジルベルトを倒したことにようやく思考が追いつき、声をかける。
グラシアナが口を開こうとした時・・・
『ちょっと!!!なんで「組織」の人間がいるわけ!?聞いてないんだけど!?』
天井からロザリーの苛立った声が響き渡る。
『アンタ、どこの所属!?「組織」の構成員同士の戦闘は禁止されている筈よ?マジでふざけんな!!!』
「・・・」
グラシアナは「しまった・・・」と目を瞑る。完全に失念していた。
「組織」の前で『魔神の加護』を使えば、グラシアナの正体がバレてしまう。
もし、彼女がディミトリ派の人間だとバレれば、「組織」内で全面戦争に発展してしまうだろう。
『ちょっと!お前、ここから生きて帰れると思うなよ』
・・・仕方ない。こちらとしても絶対にロザリーを生きて帰すわけにはいかなくなった。
ここで彼女を逃せば「彼」に今以上に多大な迷惑をかける可能性がある。
「グラシアナ!!」
再度、ルッカがグラシアナの名を叫ぶ。
グラシアナが振り返るとルッカの目にはぞっとする程、暗い光が宿っていた。
「・・・今まで騙していたの?」
「私を」そして「皆を」・・・色々な感情と意味の込められた言葉だ。
「・・・ジルベルトが異常なまでに恨んでいたのも・・・もしかして、そういうことなのか?」
ユージンがルッカに続いて疑問を投げかける。
「お前が・・・ジルベルトを殺したのか?ジルベルトが魔神教のことを深く調べていたことを知っているのはパーティとジルベルトが雇った情報屋だけだ。・・・あの話の後、すぐに彼女が殺されたのだとしたら・・・それくらいしか考えられない」
「「「!?」」」
ユージンの発言にヴァルナ、オルロ、ルッカがさらに動揺を示す。その答えを求める視線がグラシアナに集まる。
ユージンもどうやらグラシアナをフォローするつもりはないようだ。
まあそれもこの状況では仕方がないことだろう。
オルロの方を見ると、オルロもひどく動揺しているようだった。
場合によってはこの2人もこの場でロザリー側に回るかと思ったが、この反応を見るに、どうやらそのつもりはないらしい。
「ごめんね。アタシは皆になにも言えない。ただ謝るしかできないわ。許してくれとも言えない。・・・ただ」
ウィィィイイイン・・・
なにかの機械が作動する音がして、錆色の金属質の部屋の壁の一部が開く。
そこから、仮面を被った女性と、その女性に手を引かれる仮面を被った子どもが姿を現す。
「・・・今はお互いとにかく生き延びることを考えましょう。多分、これが最後の共闘になるわ」
グラシアナがパーティにそう呼びかける。
その時・・・
「・・・!!!」
ユージンは子連れの女を見た途端、強い恐怖の記憶がフラッシュバックし、左目の義眼を押さえる。
頭の中に青フードの男の笑い声が響き渡る。
『いいか?今日あったことは忘れろ。長生きしたいならな。それが約束できるか?』
『・・・いい子だ』
『でも、約束のために左目はもらっとくなっ』
『あっはっはっはっはっはっはっは!!!!!!』
「ぐ・・・うううう・・・」
ユージンは自分の呼吸が浅くなっていくのを感じる。
両目に涙が浮かび、恐怖で心が満たされていく。
「はっ・・・はっ・・・はっ・・・」と過呼吸を起こし始め、地面に膝をついた。
怖い・・・苦しい・・・呼吸ができない・・・。
目の前にいる女と子どもが、あの時の子連れの女の記憶と一致する。
子連れの女・・・ロザリーだ。そして、恐らく隣にいる子どもが先ほどの会話に出てきたボニファだろう。
「あらあら、坊や、私を見てあの時のことを思い出しちゃったのかしら?」
クスクスとロザリーがユージンを見て笑う。
ユージンは左手で義眼を押さえ、右手で自分の胸を掴んで必死で呼吸を整えようと試みる。
しかし、圧倒的な恐怖はユージンの理性をみるみるうちに飲み込み、青フードの男の幻覚を作り出す。
目の前に青フードの男の腕と、短剣の幻覚が迫り、そしてユージンの左目を・・・。
左目を抉り取られ、神経がブチブチと引きちぎられる感覚が生々しく蘇る。
「うぇぇぇぇええええ・・・ゴホッ・・・ゴホッ・・・」
ユージンはその場で膝をつき、床に胃の中のものをぶちまける。
涙が止まらない。死にたくない・・・助かりたい。助けて・・・助けて・・・。
あの時の感情が蘇り、戦意がみるみるうちに喪失していく。
無理だ・・・戦えない。
怖い・・・。
ユージンの心はすっかり恐怖に支配され、全身が氷のように冷たくなり、頭が痺れて働かなくなる。
ロザリーはユージンの姿を見て、仮面の隙間から覗く目を愉快そうに三日月型に歪めた。
「・・・貴方達全員、素材は良さそうだから、切り刻んで実験台にしてあげるわ!!!ジルベルトちゃんよりも素敵な身体にしてあげる。・・・そしてグラシアナ!・・・お前はその脳を弄り回して情報を全部吸い出してあげるから、覚悟なさい」
子連れの女はパーティには艶やかに・・・そしてグラシアナにはヒステリックに甲高い声で喚き散らす。
「・・・大丈夫よ、ユージン」
グラシアナは地面に膝をついて震えるユージンに優しく声をかけながら、床に落ちていたジルベルトの剣を拾い上げる。
剣はグラシアナの手に収まると、彼女の魔力を吸って、輝きを放ち、剣から金属性のグローブへと変形する。
持ち主に合わせて変形する特性のためか、不思議とグラシアナの手に良く馴染んだ。
手にしてわかるのは他の武器とは別格である、ということ。
この神器に加えて、本来の力を取り戻し、さらにレベル5に昇格した今、例え「組織」の幹部であろうとも負ける気はしない。
「・・・アタシがいる限り、この戦闘で誰も死なせはしないわ」




