第10話 ”最高に素敵なショー”
———— オハイ湖 魔神教アジト 実験場 午前 (クエスト20日目)————
「!!!!」
グラシアナが回避行動を取るよりも一瞬早く、閃光が走った。
直後、グラシアナの左肩にこぶし大の大穴が開く。
「ううぅぅぅ・・・」
グラシアナは肩を押さえて痛みに耐えながら、正面で大口を開けるジルベルトを睨みつける。
ジルベルトの口からは白い煙が噴き出しており、その閃光が彼女の口から出た光線であることがわかる。
ジルベルトの口の周りは自分の光線の熱に耐えられずに溶けて爛れている。
「アナアナナナナナアアア・・・グラシイイイィィィィ・・・ヒヒッ!!」
ジルベルトは傾いた首を振って、頭をゆらゆらと揺らしながら目を大きく歪める。
グラシアナの肩は瞬間的に超高温の光線によって焼かれたため、出血もせず、傷口を覗けば反対側が見えるほど綺麗に穴が開いている。
肩を支える棘上筋、棘下筋、小円筋、三角筋、僧帽筋などが神経ごと根こそぎ焼かれたため、左腕は全く動かない。
穴が開いた直後、頭のてっぺんから足先まで凍り付くような冷たい感覚が突き抜け、その後は左の肩から意識を失いそうなほどの激痛が全身を駆け抜ける。
あまりの痛みにグラシアナの目から涙が零れる。
全身の意識が全て左肩に集まり、身体を少しでも動かせば、あの激痛がまた襲ってくるのではないかという恐怖が頭の中を支配する。
恐らくもうこの左腕は二度と動かない。
ヒールで回復できるレベルも超えた損傷だ。
自分も義手をつけることになるのだろうか。
やだわ・・・「彼」に嫌われちゃう・・・。
激痛の中でそんなことをぼんやりと考える。
すぐに体勢を整えて、目の前にいる化け物の攻撃範囲から離れなくては・・・。
そんなことはわかっている筈なのに、痛みと恐怖がグラシアナをその場に縛り付ける。
そうこうしているうちに、ペタリ、ペタリ・・・とジルベルトは奇妙な角度に曲がった顔で笑みを湛えながらゆっくりとこちらに近づいてくる。
・・・死の足音だ。
「・・・くそッ!!」
オルロがそれを見て、弓を取り出す。
もう迷っていられない。
今の一撃でグラシアナが死ななかったのは奇跡だ。
奇跡はもう二度と起こらないだろう。
・・・俺が迷ったからだ。なにをしているオルロ!・・・お前はアンに恥じない「英雄」
になるのだろう?
オルロは矢を番え、震える手でジルベルトを狙う。
「・・・『ヒール』!!!」
オルロが矢を放つよりも早く、ルッカが叫び、グラシアナの傷口に向かって回復魔法を放った。
グラシアナの左肩の穴は回復しないまでも、回復魔法の鎮痛効果により、グラシアナはなんとか気を失わずに済む。しかし、それでも脂汗が止まらない。
痛みだけでなく、吐き気とめまいがし、身体が火照る。まるで熱に浮かされたかのように頭がガンガンと痛み始めた。
今度こそ・・・俺が射る!!!
「うぉぉぉぉぉ!!!!」
オルロは叫びながら矢を放つ。
しかし、叫んだことでジルベルトが反応し、オルロの弓を曲刀で弾いた。
「・・・シッ!!!」
視線が一瞬切れたのを逃さず、天才的な戦闘センスを持つヴァルナは、ジルベルトの死角から剣を叩きつける。
だが、その完璧に見えた奇襲の一撃はジルベルトの盾によって阻まれる。
「!?」
ジルベルトはヴァルナの方にぐるん、と顔を向け、ニィィィイ、と歪な笑みを向けた。
あえて死角を作り、ヴァルナの攻撃の軌道を限定したということにヴァルナは遅れて気付く。
「しまっ・・・」
「ナアアアァァァァアアンデェェェエエエエ、ジャマスルゥゥゥンダダダダダダダ!!!!」
歪な笑みから一転、怒りの表情に変わったジルベルトは、左腕1本、盾1つでヴァルナを剣ごと軽々と吹き飛ばす。
「がッ!!」
ヴァルナは壁に激突し、頭を打ちつける。
そしてズルズルと壁から床にずり落ちていく。
「ヴァルナ!!!」
ユージンがヴァルナの名前を叫ぶが彼女から反応がない。
打ちどころが悪かったのか、頭から血を流している。
「ヴァルルルナクウゥゥゥゥン、ジャジャジャジャ・・・ママママママスルナ。イタイタイタイタイイイダダダダダイイイ・・・アタタタママママ」
黄色い右目が光り、ジルベルトは再び頭を抱える。
「アァァァァアアアアアアアア!!!!コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス、ヘレナァァァァァァアアア」
ジルベルトは涙を流しながら、敬愛する先輩であり、剣の師であるルッカの姉の名前を呼び、曲刀を滅茶苦茶に振り回す。
「アァァァァァ!!!!!!!ゴメンゴメンヨォォォオオオオオ!!!!イダイイダイダイカユイカユイカユイカユイイィィィィィ!!!!」
ジルベルトの精神は酷く不安定で、最早なにを口走っているのかがよくわからない。
ヴァルナを傷つけたことを詫びているのか、口から涎をまき散らし、ゴトン、と鋼の盾をその場に落とす。
そして空いた左手で顔の鱗をバリバリと掻きむしる。
「イヤダイヤダイヤダ・・・モウ、イタイノハ・・・クルシイクルシイ・・・タスケテクレ・・・アレ、ボクハ・・・?ボクハナニヲ・・・ナニヲォォォォオオオオ????」
ジルベルトの顔から真っ黒な血が流れる。
「ヤダ・・・ヘレナ・・・ヤダヨ・・・コワイ・・・コワイコワイコワイ・・・・・・ボクガボクジャナクナッテイク・・・ヘレナ・・・ヘレナ、タスケテ・・・ヘレナァァァアアア!!!!コレモ・・・コレモコレモコレモコレモコレモ!!!!!!!!!コレモォォォオオオオ!!!!!」
ジルベルトは叫びながら、ヘレナに助けを求め、そして自分の赤黒い右腕や首も血まみれになるまで掻きむしる。
「ジャマダ!!!ジャママママママアジャジャジャジャジャジャ!!!!!!!!アアァァァァァァ!!!!!オイテカナイデヨォォォオオオオオオオ!!!!」
鋭い爪で自分の身体が大きく傷つくことを全く気にせず、容赦なく引っ掻く。
肉が抉れ、血が噴き出し、床に落ちた鋼の盾が皮膚と肉片と鱗で汚れる。
まるでヘレナと離れ離れになった寂しさを紛らわすかのように、ジルベルトは泣き叫びながら自分を傷つける。
「ジルベルトさん・・・」
オルロが戸惑いの声を上げる。ジルベルトに意識や記憶が残っているらしいことがわかり、どうしてもいつも通りに弓が引けないのだ。
今ならば攻撃のチャンスなのだろうが・・・誰も動けない。
「・・・くそ」
ユージンは左目に触れ、自分の中で揺れる心を懸命に抑えつける。
左腕を大きく負傷したグラシアナ、頭を打ちつけ、返事のないヴァルナ、動揺していつも通りの力を発揮できないオルロ・・・。
ルッカだけが唯一、辛うじて冷静さを保っているが、彼女では火力が足りない。
「やるしかないか・・・」
ユージンは覚悟を決め、とっておきの切り札を使う。
『賢神の加護』!!
ユージンは心の中で賢神ライラを求める。
その瞬間、ユージンのタイガーアイのような金褐色の右目と高性能義眼の金色の目が輝き始めた。
栗色の髪が地面から吹き上げる風を受けて浮かび上がる。
足元に普段、魔法を行使する際に出現する魔法陣とは異なる時計を模したエメラルドグリーンの魔法陣が浮かび上がり、独りでに時計の針が逆回転を始める。
賢神ライラが自らの眷属のみに与えた時の力。
それは一瞬の時の中で二度の詠唱を可能にする力。
事前に魔法陣を描くことでシステム化した『エネルギーショット(2)(改)』ではなく、あえて詠唱で高威力、自動追尾能力を備えた本来の『エネルギーショット(2)』の魔法陣を地面に展開する。
今、ジルベルトの周りには負傷したグラシアナと、ヴァルナがいる。システム化した魔法弾ではこの2人を巻き込みかねない。
それに、威力の高い『エネルギーショット(2)』を確実に2発分当てれば、いくら防御力の高いジルベルトでも鋼の盾を離した今、ひとたまりもないだろう。
・・・本当は1日に1度しか使えないこの奥の手はこの後控えているロザリーに取っておきたかったが、今の状況はそうも言っていられない。
「・・・これで・・・決めるッ!!!」
ユージンは左手で本を持ち、右手をジルベルトへかざす。
「『エネルギーショット』!!!!!!」
ユージンが叫んだ瞬間・・・
足元の時計の針の回転が反転し、正常な時へと戻っていく。
目の前が真っ白になり、無音の世界が広がる・・・。
強いエネルギー波による強烈な風が少し遅れてやってくる。
そして、目の前の何もかもを消し飛ばすような破壊的な波動が金属質の部屋に大穴を開けた。
徐々にパーティ全員の視界がホワイトアウトした世界から戻ってきて、金属質の壁の穴から落ちた破片が、カツッ、と地面を叩く音が飛び込んでくる。
右にはユージンの圧倒的な破壊魔法に目を丸くして驚くルッカ。
その前にはやはり弓を構えたまま唖然とするオルロ。
左斜め前には左肩を押さえ、歯を食いしばるグラシアナ。
その奥に壁へ背中を預けて俯くヴァルナ。
ユージンたちはこの破壊的なエネルギー波を直撃した筈のジルベルトの行方を追う。
「ンハァァァァァアアアアア!!!!!!!!!」
いた・・・。
ジルベルトは曲刀を構えてその場に立っていた。
その曲刀はユージンの今しがた放ったエメラルドグリーンの波動と同じ色の光を放っている。
「・・・嘘!!!」
ルッカが絶句する。
無傷・・・ッ!!!
全力の一撃を放った張本人であるユージンさえも想定外だった。
「羽つき」の依頼でオルロの両足を奪ったソシア・リーダーの魔法以上の・・・パーティの中でも会心の一撃を除けば、最高火力の筈だった。
「・・・やはり「神器」か」とグラシアナだけが心の中で呟く。「嘆きの宝剣」を発掘時、実験の過程でその力を何度か目にしたことがあった。
人の力では絶対に再現できないような圧倒的な力。
神の加護を受けた魔法ですら喰らうあの武器は最早、それ以外では説明ができない。
ジルベルトは口から涎をだらだらと垂らし、自分の土気色の左腕の肉を噛み千切りながらブツブツと呟く。
「モウ・・・モウ、イイヨネ、ダメダ!!!ヘレナ・・・ボクハ・・・ボクハモウガマンデキナイ。ガマンダ!!ガマンガマンガマンガマンガマンガマンンンンンンンン・・・デキッナイ!!!!・・・ルッカ、ルッカルッカルッカルッカ!!!!!ヘレナノォォォイモウトォォォオオオオオ」
直後、ジルベルトの右目が光り、彼女は頭を抱える。
『さあ!見せて頂戴!!!最ッッッッッ高に素敵なショーを!!!!』
天井からロザリーの甲高い声が響き渡った。
「ウウウウウウアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァ!!!!!!!!」
ジルベルトは左手で髪を掻きむしると、グラシアナから標的を変え、ルッカ目がけて駆け出す。
「う・・・いかん」
ヴァルナが意識を取り戻し、頭を押さえながら剣を掴むが、足に力が入らない。
・・・間に合わない。
ヴァルナがぐっと唇を噛む。また・・・また儂は失うのか・・・。
儂のせいで仲間を・・・。
「ルッカ・・・!!!」
オルロがルッカを守るために、ルッカに接近するジルベルトへ向かって、今度は躊躇いなく矢を放つ。
しかし、ビチビチビチビチ、と音を立ててジルベルトの傷口の至るところから青い鱗が生え、鎧のようにオルロの矢を弾いた。
「アアッ!!!ダメダ・・・トメラレナイッ!!!!ウヒッ!!ヘレナ・・・ゴメンネ」
全身に青い鱗を生やした怪物と化したジルベルトは、恍惚とした表情でエメラルドグリーンに輝く曲刀をルッカに振り下ろす。
「・・・ッ!!!」
ルッカは曲刀を前にして思わず目を瞑り、その一撃を覚悟する。
死神の鎌の一振りを・・・。
「・・・?」
しかし、その死神の一撃はいつまで経ってもルッカに届くことはなかった。
その代わり・・・
ドシャッ・・・・・・・・・・・・!!!
水溜まりで大きく転んだような音が聞こえ、自分のすぐ前でなにかが崩れ落ちる。
温かな液体がピピピッ、と下方から吹き上がり、ルッカの顔や身体を汚す。
「え・・・?」
ルッカが目を開いて状況を確認する。
「ウエウエウエエヘェ?エヘッヘへ・・・アレェ?グラシアナァァァァアアア?」
目の前の化け物はエメラルドグリーンの光を失った曲刀にたっぷりついた血を見て、そして・・・
床に転がっているグラシアナをニヤニヤと見下ろしていた。
「え・・・、嘘・・・」
ルッカはペタン、と尻もちをつく。
「うぁぁぁぁあああああああ!!!!」
ヴァルナが・・・
「あああああああ!!!!!!」
オルロが・・・
ヴァルナの黒角の剣と鋼の剣の双剣と、オルロの透明の剣がジルベルトに襲い掛かる。
激しい金属音を響かせながら、2人は全力でルッカとグラシアナからジルベルトを遠ざける。
力の温存、スタミナ配分、そんなものは全て捨てて、ただただジルベルトの命を奪うために。
ヴァルナもオルロも自分の不甲斐なさに怒り狂っていた。
また儂は・・・ッ
また俺は・・・ッ
救えなかった・・・!!!!
・・・いや、怒ることで目の前の現実・・・グラシアナが死んだという現実から目を逸らそうとしたかったのかもしれない。
「グラシアナ・・・嘘だろ・・・」
近くにいる筈のユージンの声がルッカには遠く遠く聞こえた。




